イノベーションは足元から。ご担当者に聞く、アシックスが実現した環境配慮型シューズの背景
個人的な好みや個性はあるものの、私たちの誰もが毎日、服を着て、靴を履いて、暮らしています。
環境省によれば、服1着ができあがるまでに排出されるCO2は、実に25.5キロ。製造工程の複雑さや、異なる素材が多く使われる靴も含めたファッションアイテムは、環境負荷の軽減に向けた改善が求められています。
そんななか機能性やデザイン性を失うことなく、環境への配慮を叶える製品を作ったのが、スポーツブランドのアシックスです。
2023年には世界で最もCO2排出量の少ないスニーカー(※)、続く2024年には、材料を容易に分別しリサイクルが可能になったランニングシューズなど、業界の限界を突破するプロダクトを続けてリリースしました。大胆なチャレンジを成功に導いた源泉には、どんな思いがあったのでしょうか。同社のサステナビリティを統括してきた吉川美奈子さんにお聞きします。
(※2023年9月時点、製品ライフサイクルにおける温室効果ガス排出量が開示されている市販シューズを対象としたデータに基づく)
大変でもやらなければ始まらない。環境配慮への取り組み
-2023年9月に発売された「GEL-LYTE III CM 1.95(ゲルライトスリー シーエム1.95。以下、CM1.95)」は製造から廃棄までのCO2排出量が1.95キロとのこと。発売から約1年が経過しましたが、反響や手応えについて教えてください。
おかげさまで評判はとても良いです。日本のみならず欧米やアジアなど、グローバルな規模で驚くほど評判が良く、発売から一週間のメディア露出は、当時、アシックス史上最大というほどでした。
アシックスは全ての製品における機能性や安全性、耐久性など厳しい基準を設けていますが、CM1.95はそれらを満たしたうえで、CO2排出量は世界最少。さらにスタイリッシュなデザインという点で、多くの反応があったのだと思います。環境負荷を減らしながらも、機能性や品質に妥協していないことがしっかり伝わって嬉しいです。
-世界で最もCO2排出量が少ないというCM1.95の開発について教えてください。
シューズはそもそも、あらゆる意味でCO2削減が難しいアイテムです。主な理由が2つあって、まず一つは、パーツの多さです。アパレルの比にならない、平均で50前後ものパーツを要するため、カーボンフットプリントを測ることすら非常に困難でした。またパーツが多いということは、それだけ原料メーカーなど、ステークホルダーが多いということでもあります。
もう一つは、さまざまな素材が使われていること。これもアパレルであれば綿やポリエステルなど、ある程度限定的ですが、シューズの場合、例えばハトメと呼ばれる靴紐の通し孔には異素材が使われているなど、複雑です。靴は、製造プロセスの上流部分で、CO2削減の難易度が高いと言えます。
それでいて、靴は世界中の人がほぼ毎日履くものです。年間で約239億足もの靴が作られていますので、私たちもメーカーとして、責任を持って取り組みたい思いがあります。アシックスはスコープ3の削減目標として、2030年までにCO2排出63%削減(2015年比)の目標を定めていることもあり、どこまで削減可能かやってみよう、とこのプロジェクトが始まりました。
とはいえ実際、どのくらいできるのか。始めからCO2排出量1.95キロを目指すような、目標数字があったわけではありません。ただ、当社の一般的なタウンユースの靴だと、1足のCO2排出量は平均8キロほどです。またランニングシューズにおいては他ブランドから3キロ弱のものが作られていました。アシックスだけではなく、多くの企業が努力を重ねている今だからこそ、できれば2キロを切るような世界最少に挑戦したいね、と話していたんです。
CM1.95の開発は、アシックス社内においても部署を横断した、全社的なプロジェクトになりました。研究開発、製品企画、材料調達、生産、輸送、マーケティングもサステナビリティも、とあらゆる部署が関わることになり、それぞれの描く理想もあるなかで、ゼロからの開発はとても難しかったのも事実です。
特にものづくりの担当者は、本当にゼロからチャレンジしてくれました。安全性や機能性を追求する職人気質であり、今までと違うことをするのはものすごく大変だったはずです。一方で、CO2削減にチャレンジするべきだ、と声を上げてくれたのも、これらの人たちでした。確かに大変なことではあるけれども、やらないといけない。全社で63%の削減を実現させるためには、イノベーションがないと実現できないからです。そうしたあらゆる努力の結果、一般的な靴に比べてCO2排出量は1/4以下、2キロを切ったスニーカー、CM1.95が誕生しました。
パーツが減っただけじゃない、イノベーティブなものづくり
-CM1.95における技術改革で、イノベーティブだった点をいくつか教えていただけますか。
CO2を削減するために全部で16の施策を実施しています。なかでも結果に大きく寄与したのは3つの施策でした。一つ目は、ミッドソールと呼ばれる上部と靴底の間の中間クッション材に使用している、カーボン・ネガティブ・フォームの開発です。サトウキビなどを原料とした複数のバイオポリマーを配合しました。サトウキビは成長段階でCO2を吸収するので、実質CO2排出をマイナスに保ちながら、履き心地が良いフォーム材ができました。
二つ目は、50ほどあったパーツを約半分に削減したことです。これには大きな工夫が施されました。もともと必要だったパーツをただ減らすことは難しく、「ゼロから考え直してみましょう」と、開発の方が取り組んでくれたおかげで実現しました。
例えば、アシックスストライプと呼ばれるブランドマークの部分ですが、通常は複数のパーツを使ってデザインしているものを、CM1.95では縫い目で見せています。パーツがない分、構造的に弱まりますが、シューズ全体にテープを使うことで補強することができました。このテープが、靴紐を通すハトメの役割も果たしている上、踵の外側の、履く時に掴める役割もしています。しかもテープであることで、使った端から次の靴にまた使えます。端材もCO2排出にカウントされますが、このテープだと端材が出ず、無駄がありません。
三つ目は、生産段階でのCO2排出を減らすために、グリーンエネルギーを調達するベトナムの工場で製造したことです。当社がグリーン調達方針を立てた2022年から、委託生産工場にはグリーンエネルギーへシフトする協力をお願いしていました。ベトナムは国全体でも太陽光発電の供給が5%前後ですが、それでもいち早く太陽光発電を導入していたのがこの工場です。
工場全体の電力シフトに加えて、普段の製造工程を細かくビデオ撮影してもらい、更にCO2削減が可能な工程はないかを細かく検討しました。委託工場に大きな負担をおかけしましたが、皆さんとの協力関係があった上で実現できたことです。結果的にCM1.95は世界的な反響を呼び、工場の方々もとても誇らしく思ってくださっているようです。
2023年にドバイで開催されたCOP28にも登壇させていただき、CM1.95を通してお客さまと共にCO2削減に取り組むことを発表しました。アシックスのシューズについて、世界的な環境会議であるCOPで発信できるなんて夢のようで、社内外でも話題になりました。
履き終えたら原料に戻す。リサイクルできる靴
-では今年発売された、リサイクルできるランニングシューズ、「NIMBUS MIRAI(ニンバス ミライ)」についても教えてください。
CM1.95ではCO2削減にフォーカスしましたが、もう一つ、シューズがサーキュラー(循環型)になることも非常に重要だと捉えています。こちらも難しい理由はCO2削減と同じで、パーツの多さと素材の多様さです。「循環型」が意味することは、資源として戻すことです。つまり、他の産業や、私たちのようなシューズ産業のものに戻すこと。しかしパーツや素材がたくさんあると、分離や分解が難しくなるため、ただ混在した廃棄物にならざるを得ませんでした。
そうした理由から「シューズはリサイクルが難しい」という共通意識があったこともあり、リサイクルできるNIMBUS MIRAIは発表以来、CM1.95を上回るほど良い反響が続いています。
NIMBUS MIRAI最大の特徴は、アッパーと呼ばれる、ミッドソールから上の部分です。通常ここはたくさんの素材が使われていることは先ほどCM1.95でもお伝えしましたが、サーキュラー性を高めるために、ポリエステル100%の単一素材化に成功しました。本体や補強部分、ハトメ、靴紐など、全てがポリエステル。うち75%が再生ポリエステルです。
これにより、アッパー部分を回収して、再びポリエステル素材の何かに作り変えることが可能になります。過去にも単一素材のランニングシューズを開発した他社の事例はありましたが、ポリエステルではありませんでした。NIMBUS MIRAIはポリエステルにできたことが画期的で、それにより、リサイクル後の汎用性を高めることができました。
現状、ソール部分の単一化などは将来的な課題です。そのためリサイクルするのに、アッパー部分とソール部分を分離させる必要があります。そこで、特殊な接着剤を自社で開発しました。
もちろんNIMBUS MIRAIも高い安全基準を保っていますが、この接着剤によって、履き終えたNIMBUS MIRAIに熱処理を施すと、アッパーとソールを簡単にはがせるようになっているんです。シューズに付いているQRコードを読み取れば、履き終えた靴の回収もオンラインから簡単に申し込めるよう、リサイクルまでの仕組みも提供しています。
NIMBUSシリーズは、当社のランニングシューズのなかでも世界で一番売れている製品の一つです。アシックスにとって、いわばレジェンド的アイテム。機能性を落とさずにNIMBUSを未来型にしたことは、アシックスにとってもかなり画期的であり、強い意志を示せたと思います。
-CM1.95も、NIMBUS MIRAIも、いずれも大きなチャレンジを成功させ、業界内のサステナビリティに大きなインパクトとなりましたね。
サステナビリティに取り組む担当者の皆さんからは「そんな難しいことをどのように実現したのか」といった反応をいただくことが多いです。技術的なことはもちろん、それと同じくらい、社内でどんな取り組みをしたのか、体制づくりへの関心も寄せらることがあります。
同業者としていわば競合関係にあったとしても、サステナビリティという課題に向き合う者同士は、仲がいいと思いますね。お互い切磋琢磨して、相乗効果を出していこうという繋がりがあります。
私たちも透明性を高めるために、できる限りの情報を公開しています。どんな工夫でどのくらいCO2が削減できたかなど、アシックスの開発から何かを学ぼうとしていただくことは大いにウェルカムです。
アシックスにとっても、材料調達におけるCO2削減やトレーサビリティの部分は、引き続き今後の課題として捉えています。今はまず、CM1.95やNIMBUS MIRAIのような製品を通して、取り組みを広げていくこと。そうしないと全社での63%の削減目標にも寄与しませんので、この先もまだチャレンジは続いています。
未来を意識して生まれる「価値」をかたちに
-吉川さんご自身は、普段のお買い物や消費に関して、どのような価値観をお持ちですか。
個人的には、こうした仕事をしていることもあって、投資家や消費者など、購買による影響力を実感することが多いです。どうしても、お金が動かないとサステナビリティも進まないことがあるからです。
まだまだ、安いとか便利といった基準で製品を選ぶことも多いと思うのですが、その商品が世の中にとってどういう価値をもたらすものか、と考えることは忘れないようにしたいです。また仕事柄、企業のレーティングも、買い物する際には気にしているかもしれません。人権に関する取り組みや企業姿勢などに違和感があれば、買わないようにしています。
例えば安いからと服を購入してしまうことで、低賃金や児童労働に加担する可能性があるという事実を、学生向けにお話する機会もあるので、自分でも気をつけています。
-社会課題の解決側でありたいと願う次世代に、どんなアドバイスをされていますか。
買い物ひとつでも、問題に加担している場合と、解決側になる場合があるので、自分がどういう価値を大事にするかを考えること。日々の言動の中で、そこに意識を向けることはとても大事だと伝えたいですね。
つまりは新しい価値を、どう捉えるか。私たちが作っているシューズも、快適にランニングができるよう機能性が高いことに加えて、環境負荷が少ないとか循環型であることは、未来のことを考えたからこそ生まれた価値です。
アシックスは創業者の鬼塚喜八郎が、戦後に子どもたちが荒れていくのを憂い、スポーツをすることを通して彼らに希望を持ってもらい、日本の未来をしっかり作って欲しいという願いから生まれた会社です。当時は、未来を考える時に、身体と精神の健康を大事にしていたわけですが、現代では加えて、環境課題も考えなければいけません。そうしなければ、気温が上がりすぎてランニングもできない世界になってしまうかもしれない。社会に対する新たな価値。そういう視点で物事の選択をすることが大事だと思います。
取材・文:やなぎさわまどか
撮影:内海裕之
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部
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さまざまな企業がそれぞれに工夫をし、社会課題解決のためイノベーションをおこしています。皆さんが生活者として商品を購入するだけでなく、企業の株式を購入することで、社会課題に取り組む企業を応援することができます。株主として経済的価値を享受しながら、社会的価値も生み出せるのです。社会を良くしようとしている企業を応援してみる。あなたのできる一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
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