「世のため人のため」に30余年。世界中で誰かの人生を支える、ヤマハ発動機の電動車いす
いまや電動アシスト自転車は年間出荷台数、約80万台(経済産業省2022年自転車生産動態統計より)。環境意識の高まりや、eBikeと呼ばれるスポーツタイプの普及など、幅広いユーザー層に向けて市場は拡大を続けています。
世界で初めて発売された電動アシスト自転車は、1993年、ヤマハ発動機株式会社が開発した「PAS(パス)」でした。ヤマハ発動機では同じ技術を応用し、2年後の1995年、アシスト型の電動車いすを発表。以来30年以上にわたり、世界中で車いすユーザーの暮らしを支え続けています。
登り坂や少し離れた場所にも、自分の力で移動できる———。単なる利便性だけでなく、日々の可能性を広げ、尊厳を守るような感動をもたらしていると聞き、ヤマハ発動機を訪ねてみました。お話を聞かせてくれたのは、同社で電動車いすを担当するJW(※)ビジネス部 部長の高橋愛さんと、JW技術グループリーダーの水谷浩幸さんです。
※JWとは…Joy Wheel ジョイホイールの略で、手動車いすを電動化するユニットを企画、開発、製造、販売している事業の名称。
手動を電動へと変身させる「電動化ユニット」
-ヤマハ発動機と、電動車いすの事業について教えてください。
高橋さん ヤマハ発動機は1955年、楽器製造の日本楽器製造株式会社(現・ヤマハ株式会社)から二輪部門が分離するかたちで誕生しました。オートバイから始まって、もうすぐ70年。現在では、陸の乗り物として加わった自転車や車いす、海の乗り物であるボートやマリンエンジンの開発、さらに工場で使用される産業用ロボットの開発など、製品群も幅広く展開しています。
車いすの事業は1995年から始まりました。1990年代に電動アシスト自転車「PAS」を生み出した電動化ユニットの技術を応用したものですが、現在の、2030年に向けて掲げる長期ビジョン、「ART for Human Possibilities 人はもっと幸せになれる」にも直結しています。機械やエンジンに頼りきるのではなく、技術によってもっと人間本来の可能性を引き出すチャレンジ。それをモビリティ(機動性、移動性)によって実現したいと考えています。
水谷さん 電動の車いすは、大きく3種類が存在します。ひとつは、運転指示を行うスティックを片手で操作する「ジョイスティックタイプ」。ふたつめは電動アシスト自転車と同じように、車いすを押す手の力を助ける「アシストタイプ」。もうひとつはシニアの方がお使いになることが多い、ハンドル付きの「フル電動タイプ」で、ヤマハ発動機では「ジョイスティックタイプ」と「アシストタイプ」の車いす用電動化ユニットを作っています。いずれも私たちの技術を生かし、高齢者や障がいのある方に貢献したい、という思いから電動化ユニットを開発してきました。
1995年に発売した最初の電動車いす「JW-1」も、「手動の車いすを電動化させる」という、それまでの社会にはなかった新しい発想の製品でした。車いすに人間が合わせるのではなく、体にあった車いすを電動化させる「ユニット」を作ることによって、より多くの方が電動のパワーによる走破性をもった車いすを手に入れられるようにしたい、と考えられたものです。
高橋さん 「JW-1」発売以降、多くの声を受け止めながら電動化ユニットの技術を進化させてきました。電動でありながら折りたたむこともできる車いすは、より手軽に車に乗せることが可能になりました。これは、ユニット技術によって電動車いすに、簡易型というカテゴリーを確立した、と言えると思います。
車に乗せられるということはとても大きな変化で、ユーザーもご家族も、より行動的になれるんですね。そのため嬉しいお声をいただくこともたくさんあります。かつてヤマハ発動機が電動アシスト自転車を作った際も、シニアや脚力の弱い方が、登り坂や遠方に自分で出掛けられるようになり、感謝のお手紙がたくさん届いたそうです。当時社内では、「世のため、人のための事業」と話していたそうですが、私たちもその思いを引き継ぎ、「世のため、人のため」に全力で車いすをお使いの方をアシストしたいと考えています。
より高まった機能性。ユーザー別に細かな設定も可能
-私たちも先ほど試乗させていただきましたが、ジョイスティックタイプの電動車いすがモデルチェンジする、と聞きました。
水谷さん 2025年に、新しい電動化ユニット「JWG-1」を発売予定です。これは約10年ぶりのフルモデルチェンジとなります。今までの電動車いすより「もっと力強く、もっと操作しやすく、もっと自由に」というコンセプトで、各パーツが進化を遂げました。
操作スティックは液晶画面が見やすくなり、小型軽量化したバッテリーも24ボルトから36ボルトに強化しています。ユーザーを背後から介助する方のためにも、手元に液晶画面が追加され、ハンドル操作の負担が軽減されました。
弊社は海外事業が94%と、海外での事業展開が大きいこともあり、今回のリニューアルでは欧米のユーザーも意識しています。パワーアップしたことで耐荷重量が125キロから150キロまでとなり、傾斜も10度まではスムーズに上がれるようになりました。体が大きい方でもより操作がしやすくなっています。
高橋さん ただ欧米ではもともと、ジョイスティックタイプよりも、自分で操作するアシストタイプの方が圧倒的に人気が高いんです。ジョイスティックタイプは指先だけで操作できるので簡単だし、安全でもあるんですが、実際より障がいが重たい印象になることは避けたい、あるいは、自力でできることはできるだけ自分でする、という考え方が強いようです。文化の違いもありますが、よりアクティブな方が好まれていると感じます。
もちろん日本でも同じような考え方をされる方はいらっしゃるのですが、医療従事者の方や作業療法士さんなどは、ジョイスティックタイプの方が安全だと思う傾向が見られます。そもそも日本ではまだ、手動の車いすがほとんどで、電動化率はほんの5%ほど。実際には、簡易型の電動車いすは事故も少なく安全性も高いものなので、私たちももっとお伝えしていく必要性を感じています。
何よりもお使いいただいている方からは、「自分で出掛けられるようになって、人生が変わった」というお声が本当に多いんです。購入や修理などの費用は、ジョイスティックタイプでもアシストタイプでも、公的制度の支援が9割は受けられますので、手動型の車いすをお使いの方はぜひ、電動化ユニットの装着を検討いただけるといいなと思います。
水谷さん そうですね。私たちの電動化ユニットは互換性が高く、ほとんどのメーカーの手動車いすに取り付けられるよう工夫してあります。また身体の特徴はユーザーさんによって異なるため、体幹の保持や減速など、できるだけ細かく設定できるような調整機能もあります。例えば、施設内だけでしか乗らない場合は速度制限を抑えたり、体の片側に麻痺があって腕の力に左右差がある場合などは、片方だけアシストを高めたりする設定が可能です。
高橋さん これまでは「電動化ユニットの販売」と、「フレームもセットになった完成車の販売」の両方を行っていましたが、2025年の春からは、電動化ユニットの販売に特化することになりました。今まで完成品の販売においては競合だった車いすメーカーさん各社と、今後は協働しあえることになるのは嬉しいです。
実際にメーカー各社を回っていると、30数年前の、電動化ユニットが出た時のことを教えてくださる方がいます。「あの時はものすごく画期的だった」とか「ヤマハさんからしか買えないんだからこれからも頼むね」とか。そうしたお声を聞くと、ユーザーさんだけでなく、メーカーさんにとっても欠かせない技術であるという意識が強く持てますね。
水谷さん 同時に、車いすユーザーさんたちにも、もっとヤマハ発動機の車いすを知っていただけるようにしていきたいです。多くの場合、車いすが必要になった時に初めて展示会にいらっしゃるため、なかなか事前にメーカーのことや電動のメリットを知っていただく機会もないと思うんです。
やはり腕の力だけで手動車いすを動かすのは、想像以上に大変なことです。電動を使って軽やかに移動して行動範囲が広がると、日々の楽しさは確実に増えます。
私自身、2005年に入社して以来ずっとJW事業で業務しているんですが、電動車いすを使った感謝のお手紙をいただくことは少なくありません。実際に誰かの生活や人生が変わった喜びに触れられると、やはり感動しますし、我々にとってもやりがいに繋がっています。
技術力で貢献したい。2つのバリアフリー
-モデルチェンジの他に、今後の展望などお考えがあれば教えてください。
高橋さん アクセシビリティを掲げた事業を通じて、人間の可能性を追求していきたいです。福祉の領域は、慈善事業のようなビジネスモデルこそが社会貢献だと捉えられることもありますが、私たちはむしろ、しっかりと利益も生み出したいと考えています。それは、福祉に活用される税収が増えることに繋がり、ひいては障がい者の方やご高齢者が車いすを使うための財源になると考えるためです。循環型社会の一員として貢献できるよう、しっかりとJW事業を育てていきたいです。
高橋さん また企業理念として掲げる「感動創造企業」であるためにも、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)方針の実践は欠かせないと考えています。障がいの有無にかかわらず、共に事業に取り組む、いわば「心のバリアフリー」の実践です。
一方で「環境のバリアフリー」は、私たちだけでは難しいこともあります。電車など公共交通機関の利用が誰にとっても手軽になることや、車いすにも優しい歩道の整備などは、社会全体の意識変容が必要です。そうしたニーズを可視化するためにも、私たちにできることは、車いすユーザーの方々が外出しやすいようサポートをすること。同時に、多少の段差は車いすでも乗り越えられるような、技術面でも最大限貢献を続けることだと考えています。
水谷さん そうですね。今回モデルチェンジされた「JWG-1」では、モーターの力で2センチほどの段差を安心して走行することができます。もちろん車いすをお使いの方にとっては、たった2センチでもすごく怖いことがあるので、安心して走れるよう技術でカバーしていきたいです。
おそらく電動化ユニットの技術が生まれた30年前は、障がいのある方や車いすユーザーの方が自由に行動できていなかったと思うんです。車いすの方にもっと頻繁に外出してもらえる社会をめざして、「世のため、人のため」のチャレンジを続けていきたいです。
取材・文:やなぎさわまどか
撮影:内海 裕之
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部
今回の取材は、ヤマハ発動機公式note「海の時間です。」編集部の皆様にもご協力頂きました。ありがとうございました。
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