
「愛着」が変える、この先の景色。ゴールドウインに学ぶ、ファン化に繋がるサステナビリティ
自然豊かな富山県で創業し、1950年代から時代にフィットしたスポーツウエアをつくり続けているゴールドウイン。
「PLAY EARTH 2030」を長期ビジョンに掲げ、人と自然がより良い関係を築くことによる、ウェルビーイングとサステナビリティの実現を提案しています。
お話を聞いたのは、アウトドアブランド「THE NORTH FACE(ザ・ノース・フェイス)」のモノづくりに長く携わり、現在は「NEUTRALWORKS.(ニュートラルワークス.)」の事業部長を務める大坪岳人さんです。
「お客さまと深い関係を築くことが、サステナビリティ推進のポイント」と話す大坪さんに、その理由や、具体的な取り組み内容について訊きました。
大坪岳人さんプロフィール
1979年石川県出身。2004年、スポーツ・アウトドアアパレルメーカーである株式会社ゴールドウイン入社。「ザ・ノース・フェイス」のアパレル部門のマーチャンダイザーとして素材開発から製品企画を担当し、21年まで同ブランドのディレクターとして企画とマーケティングの統括に従事。同年4月から「GET YOU READY」をタグラインに、ココロとカラダがニュートラルに整った状態へとサポートするブランド「ニュートラルワークス.」の事業部長に就任。
「GREEN IS GOOD」で、豊かな自然を未来に繋ぐ
-ゴールドウインは、自然との関係が深いですよね。昔から環境課題に対して積極的に取り組んでいたのでしょうか。
当社は、アウトドアブランドを主軸としてきました。アウトドアはフィールドが自然環境の中にあるので、豊かな自然があることが事業継続の大前提です。そうした背景もあって、1968年につくられた「ザ・ノース・フェイス」のカタログには、環境に対するメッセージを載せていました。もともと環境課題に対する意識は高い企業だったといえるかもしれませんね。
2000年代初頭、「不都合な真実」という映画が話題となったことで環境課題が改めて注目されたり、環境保護と自分自身の健康を結びつけて考える「ロハス」という概念が広まってきました。その頃から当社も「GREEN IS GOOD」というコンセプトを提唱し始め、2008年から本格的に活動をスタートさせました。
ファッション産業は、世界で2番目に環境負荷が高い産業だと言われています。アウトドアブランドは、高い耐久性確保の観点からポリエステルやナイロンなどの石油由来の素材の使用が一般的であるなど、課題がたくさんあります。ただ、環境保護に関するメッセージを発しながらも、しばらくは具体的な取り組みがなかなか進まない状況が続いてきました。その中で掲げた「GREEN IS GOOD」は、メッセージをしっかり行動に落とし込んでいこうという決意でもあったんです。

-「GREEN IS GOOD」をコンセプトとして、どのようなことを推進しているのでしょうか。
グリーンマテリアル、グリーンサイクルの2つです。
グリーンマテリアルとは、環境負荷の低い素材を指します。具体的には、リサイクル素材や、オーガニックコットンなど環境負荷の低い方法でつくられた素材、土に還る素材、新たな素材に再生しやすい素材です。製品全体に対するグリーンプロダクト(グリーンマテリアルを25%以上使用した製品)の目標比率を設定しており、2023年度は65%を超えました。
石油由来の繊維に代わる素材の開発も進めています。スタートアップ企業Spiberと事業化に取り組んでいる「ブリュード・プロテイン™」は、生物の体を構成する「構造タンパク質」を再現したバイオ由来の生分解性素材で、地球全体の生態系内でのアップサイクルやリサイクルが可能です。すでに製品化され、Tシャツやフリースなどが販売されています。
グリーンサイクルは、いわゆるリユースやリサイクルです。リサイクルは、再生素材を手掛ける企業と協業を行い、資源化をしてもらいます。たとえば羽毛のダウンについては、ダウン製品を店頭で回収し、協業先の企業が洗浄などの処理を行い、当社がダウン製品をつくる際は、その企業からリサイクルダウンを購入しています。羽毛は経年によってへたってくるイメージがありますが、実は劣化しづらい素材なんですよ。恐竜の時代の化石に羽毛が残っているくらいですから。
あわせて、愛着を持って長く使ってもらうということも、製品づくりのポリシーです。長く使用してもらえるようなデザイン・設計を考えることも含まれますし、不具合が出てきた製品を修理するリペアサービスもその一環です。
大切なのは「お客さまと製品が、共に過ごす時間」
-ゴールドウインは環境に対する取り組みをブランドの価値にしっかりと結びつけていますよね。ポイントはどのようなところにあるのでしょうか。
売るだけで終わりにしない、ということです。少し大袈裟な言い方ですが、販売したその先では、お客さまがその製品と人生を共にするんですよね。販売する瞬間よりも、そのお客さまが製品と過ごす時間の方が大切だと思います。販売しただけで終わってしまうと、モノやブランドに愛着が湧きにくく、製品を長く愛してもらえないような気がするんです。
当社のコアはモノづくりですが、つくったモノをいかに売るかということとは違ったアプローチで働きかけなければなりません。そのアプローチとは、「売った後のお客さまとの関係づくり」です。
-どのような活動が、お客さまとの関係づくりに役立っているか教えてください。
具体的なサービスの例としては、リペアサービスが挙げられます。不具合のある部分を修理するだけではなく、「こういう部分が壊れやすい」とか、「この部分は使い勝手が良い」など、お客さまからのメッセージを年間何万件もいただける貴重な場にもなっています。
たとえば車の場合、買っていただいた後も、メンテナンスなどでお客さまと関係性が続きますよね。一方でアパレルには、そういう文化が薄かったんです。靴を買っても、メーカーなどから「そろそろソールが減ってきていませんか」と聞かれることって、あまりないと思います。
お客さまがお店で購入する時だけ、「これは環境負荷が低いですよ」と一方的に伝えても、コミュニケーションとしては成立しませんし、お客さまもその瞬間は「良さそうだな」と思っても、そのあとの行動には繋がりにくいでしょう。リペアサービスは、長く製品を使っていただくためのサービスであると同時に、お客さまと双方向のコミュニケーションを行うための窓口でもあるんです。

「誰かと一緒」に「体験する」ことで、視点と意識が変化する
-ゴールドウインは、お客さま向けのイベントなども積極的に行なっていますよね。イベントの企画には、どのようなことが意識されているのでしょうか。
まず、「販促ありきのイベントにしない」ということでしょうか。お客さまに心を開いていただくためには、「楽しい体験」を届けることが必要だと思います。
大切にしているのは、「リアルに体験できる」ということです。具体的な取り組みとしては、お子さま向けの自然体験イベント「PLAY EARTH PARK Nanto Naturing Days(プレイアースパーク南砺ネイチャリングデイズ )」や、「ニュートラルワークス.」が主催している「プロギング」というゴミ拾いとジョギングを組み合わせたイベントなどがあります。
外の環境に身を置くと、「環境に自分を合わせていく」という視点に変わってくるんですよ。部屋の中にいると、気温が変化したらエアコンをつける、というように環境の方を自分にフィットさせていくことができますが、自然の中だとそうはいかないんです。突然の雨や、気温の変化などに自分を適応させていくことで、「自然の中に存在する自分」を実感するようにもなってきます。そういう体験を通じて、お客さまはゴールドウインからのメッセージを受け取ってくださっているのではないかと思います。
「誰かと一緒に」という点もポイントだと思います。たとえば、「明日、ここにいるメンバーでプロギングをしましょう」と私が言ったら、ちょっと抵抗感がありませんか。でも実際にやってみると、最初は抵抗があった人も、終わる頃にはなんとなく「健やかな感じ」になって、楽しく盛り上がったりしているんです。「ゴミって、人から見えづらいところに捨てられているよね」というような発見や気づきをみんなで共有していくことで仲間意識も生まれて、みんなで社会にとって良い取り組みをするモチベーションに繋がっていると実感しています。
また、「危機感を煽らない」ことも大切かもしれません。今、紙やペットボトルのリサイクル率はとても高くなっていますが、それは「リサイクルしないと環境が大変なことになる」と煽って得られた結果ではなく、少しずつできることをしよう、と意識をもった人たちから取り組みが始まって、だんだん分別してリサイクルに協力することが当たり前になってきているんです。「社会課題の解決」ということを特別に意識しなくても、自然にみんなが参加できているというような仕組みをつくることが大切なのではないでしょうか。

-楽しく自然を体験することは、自分にとっても社会にとってもGOODな活動なんですね。富山県に自然体験ができる施設を開発中と伺い、オープンしたら行ってみたいと思っています。
ぜひいらしてください!南砺市にある森に「PLAY EARTH PARK NATURING FOREST(プレイアースパーク ネイチャリング フォレスト)」という施設を2027年初夏に開く予定で、僕も携わりたいと思っているワクワクするプロジェクトです。自然を体験するだけではなくて、その中でアートを感じられるようなミュージアムや、リラックスできるガーデンなども計画されています。自然を体験するというと、キャンプやトレッキングなどを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、森で体験できることって、もっと多様なのではないでしょうか。自由に自然の中での体験を楽しむことが、個々人のウェルビーイングにも繋がると思いますし、環境課題に意識が向くきっかけにもなると考えています。
取り組みの、その先にあるものを見据える
-社会課題の解決と、企業の経済的利益を両立するポイントはなんでしょうか。
環境負荷の低い素材は高価、イベントの開催はコストがかかる、といった一つ一つは事実です。しかし、その先にあるものや、その周りにあるものに目を向けると、そこにはお客さまの満足や気づきがあります。そして、関わってくださったお客さまとの関係性が深くなります。その結果、人に愛されるブランドになることが、企業全体の収益性を高める要素のひとつになると思います。
たとえば、着られなくなった子供服を買い取り、リペアなどでアップサイクルして販売するサステナブル・レーベル「GREEN BATON(グリーンバトン)」というリセール事業があります。子供服を持ち込んでくださる方の話を伺うと、「自分が使っていたものが、誰かの役に立つことが嬉しい」とおっしゃるんです。社会にとって良い活動に参加している感覚や、ものを受け継ぐことを通じて人と繋がっている感触が、心地良いのではないでしょうか。そうしたお客さまの声から、「グリーンバトン」はお客さまとゴールドウインが一緒につくっている事業なのだと感じています。
この事業は、収益性としては決して高くはないのですが、このようなお客さまとの関係性って、お金をいくら出しても得られない価値だと思います。金銭に換算できないような価値を生み出しているこうした取り組みが、巡り巡って経済的な利益に繋がってくると思うのです。

-読者の方に、どういうふうに社会と関わって欲しいと思いますか。
世の中がどんどん便利になって、仕事も遊びも、移動せずに多くのことができるようになりました。でも便利になった一方、自分の世界だけで完結しやすくなるんですよね。
本当に大事なことは、やはり外にあるのではないかと感じています。人に会うことや、自然の中に身を置くこと。そこに行かないとできない体感というのは必ずあります。自然の中であれば、風が吹いているとか、雨が降っていることを肌で感じられるというのは、自分を知るためにも、社会を知るためにもすごく大切なんですよね。そういう肌感覚が、投資をする場合も、事業を考える場合も、本質的な学びに繋がると思います。
お金の使い方としては、そういう肌感覚を得られることにお金を使うと良いのではないかな、と思います。さらに、自分がそうした体験をするということに加えて、周りの誰かが良い経験をできるようなお金の使い方ということを意識することも大切なのかな、と。
誰かとどこかに出かけたりすることは、どうしてもお金がかかります。また、山などの自然に足を運んでも、行った先に特別な何かがあるとは限りません。でも行くと、得られるもの、感じられるものが、何かしらあるんです。
周りの人と一緒に、いろんなところに出かけて、たくさんの経験をし、多くのことを感じるようにすると良いのではないでしょうか。

編集後記
広い視野と長い目線で俯瞰してものごとを見据え、それを活動に落とし込んでいらっしゃることに感激しました。「きれいごと」で世の中は変えられないと捉えられがちですが、「良いことをしたい」という気持ちは誰もが持っているもの。その気持ちを後押しする数々の活動が、ムーブメントになりつつあると実感します。自分にも社会にも、もっと良いことをしたい!と前向きな気持ちになりました。
取材・文:松尾千尋
撮影:内海裕之
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部
さまざまな企業がそれぞれに工夫をし、社会課題解決のためイノベーションをおこしています。皆さんが生活者として商品を購入するだけでなく、企業の株式を購入することで、社会課題に取り組む企業を応援することができます。株主として経済的価値を享受しながら、社会的価値も生み出せるのです。社会を良くしようとしている企業を応援してみる。あなたのできる一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
「Money for Good」では読者の皆さまからの各記事への「スキ」の数に応じて、SMBC日興証券がNPO団体へ寄付を実施します。社会をより良くする一歩を、まずはここから。
Money for Goodでは、記事にまつわる内容についてのショート動画配信も始めました!こちらも是非チェックしてみてください!
【推したい会社 企業インタビュー編】
お金と人のよい循環で、明るい未来をつくる。
SMBC日興証券が行う「Money for Good」について
詳しく知りたい方はこちら▼