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インクルーシブデザインの鍵はアクセシビリティにあり。6人に1人が障がいと共に生きる社会で、ソニーが目指す未来像

2023年に開催されたデジタルイノベーションの総合展示会、CEATEC 2023。ソニーはアクセシビリティに限定した出展を行い、話題となりました。障がいがある方や高齢者など、何らかの制約がある方と共に検討するインクルーシブデザインから生まれたソニー製品は、当事者を含め「誰にとっても使いやすい」を実現しています。
 
個々人に内包された可能性を、テクノロジーの力で後押しするソニーの取り組みには、どんな背景があるのか。ソニーグループ株式会社サステナビリティ推進部の西川 文(にしかわ・あや)さんを訪ねて教えていただきました。


規制対応だけじゃ足りない。本当に届けたい相手とは

-ソニーがインクルーシブデザインに取り組んでいるのは、どのような問題意識からですか。

ひとつは、2010年にアメリカでCVAA法(21世紀の通信と映像アクセシビリティ法:The 21st Century Communication and Video Accessibility Act)という規制が成立したことがきっかけです。放送や通信へのアクセシビリティに関する法案で、アメリカ国内で扱われる全てが対象のため、ソニー製品も規制の対象となりました。
 
しかし、アクセシビリティやインクルーシブデザインに関しては、もっと前から個別で取り組んでいた社員もいましたし、そもそもソニーのファウンダーのひとりである井深 大(いぶか・まさる)は、障がいの有無で人を区別するのではなく、障がいのある人も自立できる環境づくりを重んじていました。1978年に創立されたグループ会社のソニー・太陽株式会社は、障がいのある社員たちが中心となって活躍しています。

CVAA法に対しては当然しっかり対応する必要があったわけですが、実際に取り組んでみると、規制に対応するだけでは、本当に困っている人たちのためになっていない、と気がつきました。アクセシビリティを必要する方々に喜んで使っていただけるものを作るためには、当事者の声を反映し、共に作る「インクルーシブデザイン」であることこそ重要なのではないか、と考えたんです。
 
最新のWHOの調査では、世界の6人に1人は何らかの障がいがあるそうです。ソニーのPurpose(存在意義)は「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ですが、それだけ多くの方に障がいがある、あるいは、これから高齢化が進むと、誰しも年齢とともに不自由なことが増えていくでしょう。感動を届けようとしている世界の状況を、我々はちゃんと捉えた上で、貢献していく必要があります。
 
ソニーにはもともと、アクセシビリティに対する素地があったからこそ、規制がきっかけとなって、インクルーシブデザインを鍵にしたアクセシビリティの追求が加速しました。

ひとりの当事者の困りごとは、いつかみんなの当たり前に

-インクルーシブデザインの手法で開発された事例を教えてください。

ひとつは、スマートフォンのXperia™です。開発メンバーがソニー・太陽に勤める弱視の社員と一緒に、2年間ほど取り組んで開発されました。実際の機材を貸し出しながらニーズを聞いたり、フィールドワークに出掛けたり、どんな機能があると良いのかを洗い出していく工程を経て、音声による水準器の機能が搭載されました。これにより、スマートフォンのカメラが水平になっているかどうか、音で知ることができます。
 
この機能は、例えばスマートフォンで食事や風景の写真を撮る際に、画角が斜めになってしまうことを防ぎます。弱視の方にとって起きやすい出来事ではあるのですが、でも「撮りたい角度でうまく撮れない」というシチュエーションは、暗い場所や急いでいる時など、弱視の方に限らず、全員に当てはまる可能性がありますよね。
 
私たちは福祉に特化した機器を作っているわけではないので、障がいのある方だけではなく、それ以外の方にとっても新しい価値をもたらすことを大切にしています。

このような小さな積み重ねではあるのですが、でもきっと、そうしたことを続けて行った先に、いつか振り返ってみたらイノベーションと呼ばれるものが生まれている。そんなふうに思うんです。
 
というのも、今となっては誰でも当たり前に使っているもののなかに、元々はインクルーシブデザインから生まれたものはたくさんあるんですよ。例えば、字幕というものは耳が不自由な方のために始まり、キーボードも、元々は視力の弱い方の筆記を助けるタイプライターが原型です。”インターネットの父”と呼ばれるヴィントン・サーフさんはご夫婦で聴力に障がいがあり、電話ではないコミュニケーションの手段を追求したことで、Eメールのプロトコルを作ったとされています。
 
ダイバーシティやインクルージョンで大切なことは、当事者をただ迎えるだけではなく、ちゃんと当事者の方に使いこなしていただける物や環境をつくることです。私自身、1人目の子どもが生まれた時、最寄駅にエレベーターがなく、困ったことがありました。駅員さんに頼めばベビーカーを運んでくれるとしても、毎回お願いするのも気が引けますし、誰かに頼らずとも自立した行動をしていたいと感じます。育児に限ったことではなく、足を怪我している時や荷物が多い日など、一時的な制限が生じることはみんなにあることですよね。

こうした話を社内外で共有しあい、ソニーのインクルーシブデザインでは、仕組みや環境づくりにこだわって、次世代に喜ばれる機能を生み出していきたいと話し合っています。

-西川さんは「人間中心設計」の専門家を名乗られていますが、インクルーシブデザインとの共通点はありますか。

非常に似ています。人間中心設計とは、人間を中心に据え、機器がどうあるべきかを考えるデザイン手法のことです。
 
例えば昔は、コンピューターを設計する際に、人の方がコンピューターに合わせて操作をしていたので、不自然な使い勝手になっていました。それに対して、製品の企画段階からユーザーにヒアリングをして進める考え方が、人間中心設計です。インクルーシブデザインでは、除外されてしまいがちな制限のある方々も含めて中心に据えて、製品の設計を行っています。

投資家からの高評価。社内外へと広がる大きな手応え

-インクルーシブデザインに取り組んだ、これまでの成果はいかがですか。

昨年、投資家やアナリスト、メディアに対して行ったサステナビリティ説明会でも、アクセシビリティがメイントピックのひとつでした。結果的に、ソニーの事業を通じてアクセシビリティやインクルーシブデザインの取り組みができていることを評価いただき、非常にポジティブなレポートをいくつもいただきました。事業を通した貢献だと伝わったことはとても嬉しかったです。
 
それとやはり、昨年10月のCEATEC 2023ですね。ソニーはインクルーシブデザインが実践された10件の製品やサービスをご紹介しました。テーマをアクセシビリティに限定するのは初めてのことだったので、内心どうなるかと思いましたが、開場すると、1〜2時間待ちの長蛇の列ができ、入場制限が掛かる時もあるほどの大盛況でした。

© Masaya Yoshimura

展示が成功した要因として、ご来場いただいた方々にきちんと製品の説明をすることを心掛けたことが良かったんじゃないかと思っています。ただ展示するだけではなく、なぜインクルーシブデザインなのか、どんな人が関わっていて、どうやって生まれた製品なのか。そういった背景情報を聞いてくださる方がとても多かったです。
 
たくさんある製品のなかから選ぶ時に、ただ新機能を求めているというよりも、どうしてこういう機能が積まれたかという開発ストーリーに触れて、納得いただけることが重要なんだと思いました。

-障がいがある当事者の方々もブースにいらっしゃいましたか。

そうですね。ウェブサイトや会場看板などで、ブースでは筆談が可能なことや、手話通訳者がいることをご案内していたので、タイミングによっては手話通訳者待ちの列ができる時もありました。会場の導線もソニー・太陽の社員にチェックしてもらって、車椅子を使う方々がすれ違えるように配慮しました。
 
結果として、非常にゆったりしたブースにできたので、たくさんのご来場者で会場が混雑してもゆっくり見てもらえるという副次効果もあったんです。会場デザインもインクルーシブなものにすることができて、スタッフ一同、嬉しく思いました。
 
ブースでは開発に携わったソニー・太陽の社員たち自ら、スマートフォンの説明員をしていました。障がいのあるご来場者とは、当事者同士ならではの話もしたそうです。毎日大変だったとは思いますが、盛況だったことがなによりの自信になったと思います。

長い目で追いたい、社会価値の創造

-インクルーシブデザインに関して、これから挑戦したいことはどんなことですか。

たくさんあるのですが、課題としてはやはり、事業を通じての事例を増やすことですね。サステナビリティ全体としての課題でもありますが、短期的に成果が出せることでもないので、どんな指標を作り、どんな観点からエンゲージメントをトラッキングするのかなど、しっかり議論しなくてはいけないと考えています。

個人的にはいつか、他の企業とインクルーシブデザインのコラボレーションができたら、より良い成果が出せるのではないかと思っています。循環型の社会に向かうなか、さまざまな企業に、いろんな社員さんがいらっしゃるはずです。学生も含めて、例えば障がいが理由で進学や転職などを諦めてしまうことがあるとしたら、企業同士の協働によって社会の意識も広く変わると思うんです。私自身のライフワークとしても、これからもより良い社会作りに貢献していきたいです。

編集後記

西川さんのお話を聞き、「障がいの社会モデル」を思い出しました。障がいのある方が何か不便な場面に出会った際、それが個人の心身機能のせいではなく、環境整備の不足が原因である、と捉える考え方です。例えば西川さんのご経験と同様に、車椅子の方のためにエレベーターを作れば、妊婦さんや高齢者、ケガ人や荷物の多い人など、車椅子を使っていないたくさんの人にとってもより良い環境になる。社会モデルは、これからの社会変革に欠かせない考え方だと思います。ソニーグループのインクルーシブデザインは、クリエイティビティとテクノロジーの力で、誰かの障壁を取り除くと言わんばかりの、まさにソニーの矜持。これからの展開が楽しみです。

取材・文:やなぎさわまどか
撮影:樋口勇一郎
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部

さまざまな企業がそれぞれに工夫をし、社会課題解決のためイノベーションをおこしています。皆さんが生活者として商品を購入するだけでなく、企業の株式を購入することで、社会課題に取り組む企業を応援することができます。株主として経済的価値を享受しながら、社会的価値も生み出せるのです。社会を良くしようとしている企業を応援してみる。あなたのできる一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

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