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地域と旅人を結ぶ「おてつたび」。代表・永岡里菜さんが見たい世界のすがたとは

日本国内には1,700以上もの市町村があることをご存知ですか。それぞれの風土の中、地域で暮らす人々が日常生活を営んでいます。一方で、高齢化や人口減少、労働力を要する季節の人手不足など、地域課題は尽きません。
 
2018年に始まった「おてつたび」は、人手不足に悩む地域と、見知らぬ土地への旅を楽しむ人々を繋ぐ、求人のマッチングプラットフォームです。

 出掛けた先で仕事をし、人や地域と出会う体験を通じて課題解決の一助となる「おてつたび」は、旅=散財という概念を打ち消し、旅=新しい関係性が生まれるものへと変化させています。
 
現在登録している農家または宿泊施設などの受け入れ先は約1,200箇所、「おてつびと」と呼ばれる登録者数は4万8千人、と成長中です。一体「おてつたび」によってどんな社会変化が始まっているのか。代表取締役CEOの永岡里菜さんにお聞きしました。

永岡里菜さんプロフィール
株式会社おてつたび代表取締役CEO。千葉大学卒業後、イベント企画会社でのディレクターや、農林水産省と和食推進事業の企画立案・マネジメント業務を担当。自ら全国各地に出向く経験を通じて各地の魅力と課題を実感し、地域の魅力を広く伝えられる仕組みづくりに奔走。2018年、人手不足の解決とファンの醸成を両立する求人プラットフォーム「おてつたび」創業。三重県尾鷲市出身。好きな言葉は「初志貫徹」。


起業は、ほしい世界を作るための「手段」


-「おてつたび」の原点は、永岡さん自身がご出身地(三重県尾鷲市)を「それどこ?」と聞かれることにあったそうですね。地元愛が強かった、もしくは、各地の魅力発信をしたかった、どちらの気持ちが大きかったのでしょうか?

両方ですね。尾鷲市(おわせし)は、特別有名な観光地があるわけではないんです。三重県の場合、観光といえば伊勢市を訪れる人が多く、熊野古道もありますが、尾鷲がそうした恩恵を受けているともいえません。それでも私にとっての尾鷲は、すごく楽しかった場所です。あんなに楽しくて面白い場所なのに、「皆が知らないのはもったいない」という感覚がありました。
 
きっと尾鷲と同じように、その土地ならではの魅力が知られていない場所は沢山あるだろう、そうした地域にもスポットライトが当たる世界を作りたい、と考えたことが原点でした。尾鷲での原体験がなければ「おてつたび」が生まれることはなかったと思います。

-起業のとき特に大変だったことと、その解決策はどんなことだったか、教えていただけますか。

 私の場合、どちらかといえば起業は手段だったのですが、何をしたらよいのか模索していた時期が一番苦しかったです。一体どういうソリューションを作れば尾鷲のような地域にも人が来てくれるのか、地域の方が一番困っていることを解決するにはどうしたらいいのか、と考えてもなかなか明確な答えを出しきれずにいた時です。
 
勤めていた会社を辞めて、東京で借りていた家も解約して、退路を断つかたちで半年間いろんな地域に出掛けました。その間に体験した地域の課題や魅力など、自分自身の一次情報を少しずつ言語化することで「おてつたび」という事業が生まれたんです。苦しい期間ではありましたが、結局は自分の足で見つけた、と言えるかもしれません。
 
もう一つ大変だったのは、まだ実績も法人格もない私たちに伴走してくれる受け入れ先を探すことでした。長野県山ノ内町の旅館でテストモニターをさせてもらい、ビジネスモデルに対する自信には繋げられたんですが、事業を始めるためにはお手伝いに行く受け入れ先がないと始まりません。どうしたら地域の方々と確実な信頼関係を築いていけるか、ということを真剣に、集中して考えていたのを覚えています。
 
話を聞いていただくために各地の事業者さんを巡り、100件に1件くらいの方が「いいですね、一緒にやろう」と言ってくださったんです。1件受け入れてもらえるごとに自信に繋がりましたし、希望を感じました。

労働を通じて広がる新しい繋がり

-創業から6年、「おてつたび先」も「おてつびと」も、どちらもすごく増えていますね。それぞれどんなことに期待されていると思われますか?

現在の登録数は、おてつたび先が1,200箇所、おてつびとが約4万8千人です。コロナ禍があったので創業時の予定とは違う部分もありますが、結果的にとても嬉しい増え方をしていると思っています。
 
私たちのコンセプトは、「人手不足をきっかけに地域のファンを作ること」ですので、受け入れ先の事業者の皆さんに期待いただくことは、やはり人手不足の解決が大きいですね。少子高齢化や過疎化など、地方における人手不足は本当に深刻な現状もあるんです。環境も資材もあるのに、人材がいないことで事業の存続ができない、ということも珍しくありません。そうした過疎地域でも「おてつたびからは人が来てくれる」とご期待いただいていることは、私たちもちゃんと向き合っていくべきことだと考えています。
 
また労働力としてだけでなく、人としての出会いを喜んでいただいたり、おてつびとが行くことで従業員さんたちの刺激に繋がった、あるいは、町の活性化に繋がった、というお話もお聞きします。それから、おてつたび後も一般利用客として宿に泊まりに行った、とか、おてつたびした農家さんから野菜を買っている、お友達に紹介している、といった繋がりを聞くことも多いです。

一方のおてつびとについては、約半分が大学生を中心とした20代、もう半分は30代からアクティブシニアまで、幅広く登録いただいています。転職する間の活用であったり、移住検討中の方、働く場所を問わないフリーランス、子育てがひと段落された40代の方や、早期退職を考え始めた50代、定年退職された後も社会との繋がりを求めておてつたびに行かれる方など。
 
理由や目的もさまざまで、「日本の地域が知りたい」とか「行ったことのない地域や知らない業種に飛び込む経験がしたい」といった、新たな経験を求める声が多いです。労働賃金を一番の目的にしている声は少ないですね。
 
世代や経験が違っても同じおてつびととして働くので「多世代交流が楽しい」というお声をいただくことも多いです。学生さんたちにとっては、世代の違う方から人生経験を聞き、「こういう生き方もあるのか」と視野が広がったとか、中高年の方にとっては20代の価値観に触れて刺激を受けたとか。そういう繋がりが続くことも、すごくいいことだなぁと嬉しく思います。

「小さな選択肢」が楽しみ

-「人手不足をきっかけにファンになる」のは、どうしてでしょうか。

地域に行って地元の方々と過ごしたり共同作業をすると、やはり思い入れや愛着が強くなるんですよね。日常に戻っても、おてつたび先で経験したことや感じたことをつい誰かに話したくなったり、その地域のものをお取り寄せしたり。それって人間の性(さが)というか、人としてとても素敵な部分だなぁと思います。

また「知っていると分かっているは大違い」ということも起きます。地域の”内部の人”として仕事をすることで、少子高齢化や過疎化など、地域にある問題を自分事化して認識できるようになるんです。
 
課題を自分事化するとは、自分の目で見て、肌で感じて、自分の言葉で課題を語れるようになることです。以前、大学生の子が「お手伝い先では60代の人が若手と言われていて衝撃を受けた」と教えてくれたことや、別の参加者さんが「お手伝い先で会ったのは18歳以下か、あるいは60歳以上。中間の世代がいなくて近い将来この町がどうなるのかと思った」という話をしてくれたこともありました。
 
そうした経験をすると、例えばいくら世間でDX化など言われても簡単に浸透しない地域もあると想像できるなど、現実的な目線で地域課題を実感できるようになります。課題の捉え方が変わるんです。

-旅することで課題を自分事にできるって、素晴らしい変化ですね

そうですね。おてつたびを通して移住や結婚といった大きな変化を遂げた方もいらっしゃるんですが、小さな選択肢に影響があることも嬉しいです。つい先日も、「農業WEEK」で幕張メッセに行った際、おてつたびのパーカーを着て会場を歩いていたら大手通信企業の社員さんに声を掛けていただきました。その方は以前おてつたびを利用したことで農業に興味が出て、社内の一次産業部門に手を挙げたそうで、『おてつたびに行ってなかったら手を挙げなかった』と教えてくれました。
 
人生の選択に関われたお話を聞くと、今おてつたびで地域課題を自分事に感じている学生たちが社会の中心世代になる10年後、20年後が楽しみになります。その時どんな変化が起こるのか、きっと今とは全然違う世界になると思うので、本当に、すごく楽しみにしています。

ファンが応援する、地域で循環する経済

-おてつたびのビジョンに「日本各地にある本当にいい人、いいもの、いい地域がしっかり評価される世界を創る」とありますが、「評価される世界」にどんなことを期待されていますか。

素敵な価値がある地域は沢山あるのに、存在を知られないまま無くなってしまうものもあるんじゃないか、と思うんです。そうした地域に、まずは人が行く仕掛けを作り、その結果ファンになり、地域のものを買い続けてくれる。いわゆる「地域にお金が落ちる」ことが始まったら、それは評価の一つのかたちだと思います。
 
広告やブランディングを頑張ればいいという声もありますが、そういうことが上手な事業者さんばかりではありません。人手不足をきっかけにまずはファンづくりを行うことで、魅力に気づいた人がそのまま買い続けてくれるし、万が一、買い続ける魅力がないものであれば、事業者さんがその事実に気づくこともできると思うんです。「地域にお金が落ちる」ことには、製品やサービスの良さがきちんと評価されることが内包されている、と考えています。
 
そうした仕組みづくりとして、広島県の瀬戸田町で行った事例もあります。瀬戸田の冬は、観光の閑散期であると同時に柑橘の農繁期なので、冬に農家さんのお手伝いに行き、そこで稼いだお金で瀬戸田の観光を楽しんでもらう、という観光と農業の流れを作る取り組みでした。今後も地域の中で循環が生まれる実績は増やしていきたいですね。

-これからどんな展望をお考えですか。

おてつたびを通して、多様な人が、どんな地域ともつながれる、地域を支える未来のインフラになりたいと考えています。そのために今は受け入れ先を拡大したいですね。
 
現在1,200の事業者さんに繋いでいますが、日本には1,700以上の自治体があり、さらに集落の数で言えば8万箇所あると言われてます。もっともっと、誰かが行きたい地域に、行きたいと思ったらちゃんと行ける仕組みを作りたい。事業計画として短期的、中長期的な目標設定はしていますが、最終的には8万箇所の受け入れ先を作ることが目標です。何よりも私自身、いろんな地域に人が訪れて、ちゃんと評価される世界を早く見たいんです。それが一番のモチベーションです。

編集後記

旅を通じて地域課題を自分事化でき、社会課題の解決につながるお金の使い方を生み出している、おてつたび。かわいいサービス名だけどしっかりお仕事する旅であり、また永岡さん自身も、優しい雰囲気でありながらきちんとした事業家で、どちらも知るほどに新しい側面に触れる取材となりました。
 特に永岡さんが、ご出身地について「尾鷲は昔、日本で一番雨が多い町だった」と教えてくれた時の笑顔が印象的でした。「私の両親世代までは屋久島よりも降水量が多くて、教科書にも載っていたそうです。雨が多い影響で、かつて尾鷲の傘は骨の数が多かったんですよ」と、好奇心が掻き立てられるお話を聞き、自分の中で尾鷲への興味が強まっていることを実感したほど。旅行に行こう、と思ったら「おてつたび」を開く。そんな世界が始まっていました。

取材・文:やなぎさわまどか
撮影:落合直哉
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部

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