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変えたい、貧困と子どもたちの体験格差。課題解決の循環をつくるチャンス・フォー・チルドレンの取り組み

9人に1人。これは、現在の日本における、貧困状態にある子どもの割合です。
 
貧困という言葉に、どんなイメージを想起するでしょうか。空腹に泣く小さな子や、安らぐ家が無い状態を思う方もいるかもしれません。生きるために最低限必要な食料や環境が手に入らない極度の貧困状態は「絶対的貧困」と呼ばれ、一方で、9人に1人とは「相対的貧困」と呼ばれる状態の子どもの割合です。
 
相対的貧困とは、同じ地域社会における標準的な生活水準に満たない貧困状態を意味します。選択肢が限られ、精神的な苦悩が伴うものの、絶対的貧困に比べて他者にはその状態が分かりにくいことが多いとされています。そのため支援の機会が届きにくく、世代を超えた貧困の連鎖といった問題の広がりを含んでいることも、大きな社会課題です。
 
決して自己責任ではない、この重大な社会の課題解決に取り組むのが、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンです。具体的な活動や目指していること、そして私たちにできることについて、代表理事の今井悠介さんにお話をうかがいました。


大切にしているのは、子どもたちの「やってみたい気持ち」

-チャンス・フォー・チルドレンの活動について教えてください。

日本の子どもたちの貧困率は約11%に上ります。これは約9人に1人が相対的貧困の状態にあり、それによって子どもたちのさまざまな機会が奪われていると言えます。食事や生活面、そして学ぶ機会が奪われてしまい、次世代にまで貧困が連鎖していくことが大きな問題だと考えています。そこで私たちは、特に子どもたちの学びや体験の機会が守られるよう焦点を絞り、活動をしています。

学びや体験の機会は、学校だけでなく、子どもたちの放課後、つまり学校外で提供されています。例えば受験期などの塾通いや、学校以外でのスポーツや音楽といった、それぞれ興味がある習い事。また夏休みなど長期休暇におけるキャンプや旅行なども、将来の忍耐力や自尊心、社交性といった、子どもたちの社会情動スキルの向上につながる貴重な体験だと言えます。
 
そうした機会が、どんな家庭やどこの地域に生まれ育つかといった、子どもたち自身が選ぶことのできない理由で格差が生じてしまっているのが現状です。そこで私たちは、経済的に困難な家庭の子どもたちの教育活動に使える、スタディクーポンというものを発行しています。例えば塾や習い事などの月謝として、子どもたちが自ら選んだ内容に使ってもらうことができます。
 
クーポンは、スマートフォンなど主に電子上で発行しているものです。現在、全国3,100箇所以上の教室や団体に登録いただいていて、財源は全国の企業や個人の方々からいただいている寄付で運営しています。子どもたちによって使われたクーポンの分、私たちから教室に対してお支払いをします。

またチャンス・フォー・チルドレンではもう一つ、大学生たちも活躍してくれています。比較的年齢の近い子どもたちと、クーポンの利用や進路のことなど、毎月話を聞き、相談にのる大学生のボランティアも私たちの重要な支援スタッフです。
 
私たちの活動はもともと、阪神・淡路大震災で被災した子どもたちを支えるために立ち上がった「NPO法人ブレーンヒューマニティー」のひとつのプロジェクトから始まっています。私自身も阪神・淡路大震災の時は小学生だったのですが、ブレーンヒューマニティーを立ち上げたのは、当時、避難所で子どもたちの勉強をみたり、一緒に遊んだりということを行っていた大学生たちでした。活動を広げていくなかで、日本で初めて学生主体のNPO法人となった団体です。
 
神戸の被災地も少しずつ平常に向かい、子どもたちの参加費を保護者に負担してもらいながら継続していた活動のなかで、リーマンショックが起きたり、ご家庭の経済状況が変わったりすることがありました。そこで子どもたちがより安定的に学校外の様々な教育の機会を得られるよう、参加者の負担がないようにする支援の仕組みが考えられたんです。子どもたちにとってもより広い選択肢を叶えるために、寄付によって使えるクーポンという仕組みになりました。

先進国で最悪の水準。“見えない”ことで悪化する問題

-11%という子どもの貧困の現状についても教えていただけますか。

OECDの基準に基づくと、例えば大人1人・子ども2人という3人世帯において手取り17万円くらいの家計の方々が相対的貧困に該当します。仮に家賃が10万円だとしたら、食費と光熱費だけでもう余裕はありません。塾に行きたいとか習い事がしたい、あるいは子どもたちだけでどこか遊びに行きたいと言われたら、支出に躊躇したり、諦めてしまっているのが現状です。
 
なかには子どもたちの食事を優先させるために親御さん自身が食事を制限したり、数百円単位で節約したりしている方もいます。さらにコロナ禍と物価高騰が起こり、状況は更に厳しくなりました。

日本の貧困の特徴として、ひとり親家庭の貧困率が約2人に1人と、非常に高い割合であることが挙げられます。これは先進国の中でも最悪の水準です。しかも日本の場合、働いているのに貧困であることが顕著なんです。つまり賃金が低い。収入が足りないので仕事を掛け持ちし、体調を崩してしまう方も多いです。しかし絶対的貧困に比べて、パッと見ただけでは経済的な困窮状態にあるようには見えない。この分かりにくさも日本の貧困の特徴だと言えます。当事者の方々も自ら声を上げにくいですし、支援が必要な方々がどこにいるのかを見つけるのも困難です。

-厳しい現状の理由は何でしょうか。

基本的に再分配の問題はあります。再分配の機能は国や自治体などの行政の機能ですが、それが十分ではなく、量的に不足していることが大きいと思います。もうひとつ、福祉のなかで捕捉率と呼ばれている、生活保護などの利用ができている人の割合が低いこと。つまり支援が必要な人にどのくらい届いているのか。貧困の現状が、問題として重視されていないことを物語っていると考えています。

被災経験とつながった、ジレンマと生きる方向性

-今井さんご自身はなぜ、貧困による機会格差の問題に取り組まれているのですか。

学生時代にブレーンヒューマニティーでのボランティア活動をしていました。そのなかで、アクティビティの企画があっても参加費を捻出できない子がいる現状を見てきたんです。今思えば運営にも何かやり方があったのかもしれませんが、当時は、お金が払える家の子にしか機会が提供できず、それに対して何もできずにいる自分にもジレンマがありました。
 
また卒業後に就職した学習塾の会社でも、塾の近くに住んでいたシングルマザーのご家庭のお子さんが塾に来られないという現実を目の当たりにしました。営利活動のなかで学習支援をするには限界があると感じて、「このままでいいのだろうか」と考えている頃、東日本大震災が起こったんです。

阪神・淡路大震災の時、神戸の街はたくさんの団体や人の支援に支えられました。ただ私は当時まだ小学生だったので、具体的に把握できていないことも多かったんです。2011年に東日本大震災が起こり、世の中の動きを感じながら、「阪神・淡路大震災の時もこんなことが起きていたのか」と、記憶と現実がつながった感覚がしました。
 
元々、営利活動の限界にジレンマと悔しさもあったので、2011年に会社を辞めて、自分たちでチャンス・フォー・チルドレンを始めることにしました。東日本大震災がなかったら、その覚悟も決められずにいたと思います。問題意識を持っていても行動せずにいた可能性は大いにあります。そういう意味でも東日本大震災は、私自身の生き方を考え直すきっかけになりました。

クーポンの向こう側にいる存在で強くなる

-実際にお子さんたちはクーポンをどのように活用されているのでしょうか。

最も多いのは、高校や大学への受験期に、塾に行くために使われることが多いです。経済的に厳しい家庭の多くの子どもたちは何度も、「自分だけできない」という経験を重ねてきているので、塾に行きたいと言い出さず、諦めてしまう可能性が高いのも受験期です。
 
10年以上活動していると、クーポン利用者も社会人になっていくんですよ。クーポンで塾に行った子が、大学生になったら学生ボランティアとして一緒に活動してくれたり、東日本大震災の時に支援した子は、当時から看護師になりたいと語っていましたが、実際にクーポンを使って勉強を続け、夢を叶えてコロナ病棟では看護師として大活躍していました。
 
こうした事例は利用者の数だけたくさんあり、多くの子が「クーポンの向こう側に応援してくれている人の存在を感じ取れた」という声を聞かせてくれます。親や家族以外にも自分の人生を応援してくれる人がいる。その存在を知ることは、非常に大きな意味があると思います。困った時に声を上げたら、手を差し伸べてくれる人がいると思えることは、とても勇気づけられるものですから。

それに寄付をくださっている方も、もしかしたら困窮することもあるかもしれません。その時はご自身のお子さんにクーポンを使ってほしいと思いますし、支援する側とされる側が固定されない、開かれた仕組みだと思っています。

寄付によって変化する、社会へのアプローチの仕方

-企業との共同事例についても教えていただけますか。

各社のリソースを生かしてご支援をいただくことが多く、大変感謝しています。例えば、社員さんたちが募金を集めてくださり、企業からの寄付を足して私たちにご支援くださる企業や、あるいは、売上の一部が私たちへの寄付になるチャリティ商品を出してくださる企業も多いです。
 
また少し前に発表させていただきましたが、三井住友フィナンシャルグループからは年間1億円、それを3年間という、前例のない大変大きなご支援をいただくことになりました。社員さんも出向してくださることになり、この規模の支援は今後、NPOやソーシャルセクターの社会的な文脈を変える可能性すらあると感じています。

この財源のおかげで、学びの機会を提供できる子どもの人数を圧倒的に増やすことができます。また、鎌倉市との共同事業を始められることになりました。鎌倉市は豊かな自然に加え、神社仏閣などの歴史的遺産があり、様々な文化が根付いたまちです。加えて、駅前や住宅街には学習塾や習い事教室などもあり、子どもたちの放課後の学びを支える豊かな環境があるといえます。一方で、鎌倉市の調査によると、ひとり親家庭の相対的貧困率(推計値)は44.7%にのぼり、そのような豊かな学びの場にアクセスしづらい子どもたちがいるのも実情です。また、都心からのアクセスも近い上に、人口約17万人ということで、将来的に他の地域への汎用性も考慮した際、地域展開をするのに最適な自治体でもあります。「縦割り」と呼ばれる自治体も多いなか、鎌倉市は福祉、子育て支援、教育委員会が一枚岩になれる体制があり、実例をつくるには最適です。三井住友フィナンシャルグループ、鎌倉市、そして私たちチャンス・フォー・チルドレンと、三者でしっかり良い事例を出していきたいと思っています。

-すごい、素晴らしいですね!そうした事例をつくりながら、今井さんご自身は、将来的にどんな社会を実現したいとお考えですか。

子どもたちが、自分で「やってみたい」と思ったことに躊躇なくアクセスできる社会になったら良いと思っています。どんな方法であってもいいので、誰もが本当にやってみたいことに挑戦できるとしたら、すごく良いですよね。あくまでも個々の子ども中心になることが望ましいと思います。
 
公的な施策はどうしても地域や学校といった単位で取り組みがちですが、生まれ育った地域や家の経済状況とは関係なく、みんな放課後に好きなことができる社会。場に縛られず、一人ひとりが好きなことを選んで挑戦できる世界。そこに、地域の大人も関われるような仕組みにできたら、セーフティーネットとしてもつながりの強い社会を作っていけると考えています。

-最後に、私たちができる支援のかたちについて教えてください。

ひとつは、チャンス・フォー・チルドレンへの寄付をしていただくことです。CFCサポート会員(マンスリーサポーター)という制度があり、毎月1000円から支援が可能です。継続的なご支援があることによって、より長期的な目線で課題の解消に取り組めますので、マンスリーサポーターが増えることは、大きな変化につながります。
 
もちろんいろんな方がいるとは思いますが、月1000円はご自身の裁量で捻出できるビジネスパーソンも多いと思うんです。ペットボトル飲料を買う回数を減らしたり、外食の回数を調整したり、可能な範囲の節約で作れる金額です。ぜひ、生活の中に寄付という行為を取り込んでいただき、社会と新しい関わり方を始めてもらえたら、普段のビジネスとは違った角度で社会を見ることもできるはずです。
 
時間を捻出できる方には、関わる領域を少しずつ広げて、ボランティアにも参加してもらえたら嬉しいです。最初から大きく考えすぎる必要はありません。月1000円の寄付を入り口にして、社会課題を見つめてみてください。

編集後記

1995年の阪神・淡路大震災で被災経験のある今井さんが、2011年の東日本大震災で人生を変えたように、スタディクーポンを使ったお子さんが将来、ボランティアスタッフや支援者になることがある。着実に回り始めている循環のお話を聞き、まだこの世界を信じていられる気持ちになりました。
「元気でいるために効果的な方法は、他の誰かを元気付けようとすることだ」とは、かのマーク・トウェインの言葉だそうですが、価値観を変えるのはいつだって、自分自身の小さな一歩からなのでしょう。

取材・文:やなぎさわまどか
撮影:樋口 勇一郎
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部

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