「顔の見える化」で欲しい未来をつくる。UPDATER「みんな電力」が取り組む、やさしい経済のかたち
2016年4月、電力自由化。大手電力会社しか選択肢がなかった電力事業の制度が改革され、私たちは好きな電力会社を選べるようになりました。最新の調査※では、約3割の人が「電力会社を変更したことがある」と回答しています。
「好きな人から電気を買えたら、毎日楽しくなりますよ」
そう話すのはブロックチェーン技術を使い、発電所を特定した上で再生可能エネルギー(以下、再エネ)100%の電力を供給する電力会社「みんな電力」の大石英司さん。大石さんが代表を務める株式会社UPDATERでは、同じ技術を活かして、電力以外のさまざまな分野でもサプライチェーンの見える化を展開しています。「顔の見える化が大事」と言う大石さんに、その理由と電力事業のこと、そして大石さんの原動力についてお訊きました。
(※2024年6月 MyEL調べ)
消費者にも投資家にも。細部まで明確にする、無二の技術
-「みんな電力」の特徴について、教えてください。
私たちは「コンセントの向こう側を考えてみませんか」という提案をしています。毎日使う電気は、必ずどこかの発電所に繋がっているからです。そのため太陽光や風力など、再生可能エネルギーで発電する全国の発電所から直接、電力を調達しています。
再エネとひとことで言っても、山を削って木を伐採した場所なのか、もしくは有機農業の畑でソーラーシェアリングされた電気なのか、いろいろある。だからこそ、どこでどんな人がつくった電気なのかわかった上で買えることは、ものすごい付加価値なんです。そうした「顔の見える化」をするために、ブロックチェーンの技術を使っています。
電力自由化以降、安さやセット売りの再エネが増えましたが、特定の発電所を選べるサービスはありませんでした。でも、みんなが毎月数千円、もしかしたら1万円以上払う電気ですから、自分の好きな人がつくってくれた電力を買うことができたら、その方が楽しいじゃないですか。
-ブロックチェーンで発電所を特定することのメリットは何ですか。
電力のトレーサビリティ※が証明できることです。私たちは、送電線を使ったり、特殊な器具で同時同量を証明したりするのではなく、全国約1000箇所ほどある発電所の電気にブロックチェーンを紐付けして、供給しています。そのためどこの電気が、いつ、どこへ、どのくらい移動したのかすぐわかるんです。法人顧客なら30分ごとにトラッキングできますので、◯月X日、何時からの30分間、どこの電力をどのくらい使っていたのか、簡単にさかのぼれます。
(※製品やサービスがどのようなプロセスを経て消費者の手に届くのかを追跡し、記録すること)
例えばある大手百貨店では数十箇所の発電所から電気を買っているので、トラッキングした記録を見れば、ある時の内訳がすぐわかるんです。どこの水力発電から何%、どこの風力発電から何%、バイオマスや、太陽光も。0.1%に満たない少量の電気でも確認できるので、一般家庭からの電力が使われていることも分かります。一般家庭でつくられた電気が、都内の大きな百貨店の建物を動かしているなんて、すごく面白いじゃないですか。
またこうして再エネ100%であることを証明できれば、グリーンウォッシュではないことの証明にもなります。消費者へのアピールはもちろん、投資家からESGを求められている企業の場合、電力会社を変えるだけで日々の社会貢献を証明できるんです。
-それが他の電力会社にはできず、みんな電力さんで可能なのはなぜでしょうか。
ブロックチェーンを使った電力トレーサビリティは、他の電力会社さんにもあるんです。ただ通常、ものすごくコストが掛かるサービスです。
私たちは複数のブロックチェーンを並行的に使い、さらにいろんな工夫も重ねて、低コストで証明できることを実現しました。だからこそ、現在1500社ほどある法人顧客全てにこのトレーサビリティを提供できています。
「あの人の電気が買いたい」個性的な発電が価値になる
-みんな電力の創業は、電力が自由化する前、2011年なんですね。
創業したきっかけは、2007年のある出会いでした。当時僕は凸版印刷に勤めていて、毎日地下鉄で通勤していたんですけど、ある日、小さなキーホルダー型の、ソーラー付き充電器をカバンにぶら下げてる人を地下鉄で見掛けたんです。その時、「お金を出して買う電気を、この人はカバンから下げたソーラーでつくってるんだ」と思いました。ちょうど自分の携帯の充電も残量が少なかったので「もしも今この人の電気が買えるなら、100円、200円払うのも良いな」と思ったんです。
そこから「すてきな人がつくった電気で携帯を充電したり、音楽を聴けたら、幸せな気分になれるだろうな」、また「カバンにぶら下げてるだけで電気がつくれるなら、電気という富を誰もがつくれるのか」と思い始めました。電気はどんな暮らしや事業にも欠かせないものですので、もしもいろんな人が個性的に電気をつくり、価格だけじゃない価値をもって流通できたら、貧困の解消に繋がるかもしれない、と考えたんです。
みんなで電気をつくって好きに選ぼうというプロジェクトを始めて、創業の準備をしていたら、東日本大震災が起きました。なので、2011年に震災があったから再エネ事業を始めたわけでも、電力が自由化されたから電力事業に参入したわけでもなく、私たちの原点はすてきな人との出会いです。「みんなが電気をつくって売れたら、面白くない?」という気持ちでスタートしているので、事業の根っこも、自由化後の広がり方も、他の新電力とは全く違いましたね。
巨額の赤字も乗り越えた。事業を支える「お金以上の関係性」
-創業から13年、これまでもっとも大変だったのは、どんな時でしたか。
大変だった時はたくさんありますけど、大きくは2回あります。ひとつは創業したての頃、全財産が561円になってしまった時です。毎月家庭に入れていた生活費も、収入が不安定のため1週間ごとにしか渡せなくなっていた頃でした。銀行口座の残高が561円になった日は、妻に100円だけ渡したのを覚えています。
今でもときどき、561円になった時の預金通帳を手に取ることがあります。物事の判断を間違うとこうなるんだという自分自身への戒めだったり、あるいは、ちょっとしんどい時に「561円の時に比べたらまだ大丈夫」と思うこともできるので。
もうひとつ大変だったのは一昨年、2022年の電力高騰ですね。社会情勢などの影響で市場が一気に高騰するんですが、ある日突然、仕入れ額が10倍に跳ね上がったりするんです。そもそも電力は薄利な事業なのに、突然10倍の仕入額。しかも翌月までに払わなくてはいけない。もう存続の危機です。
10倍になった額をそのままお客さまに転嫁すれば、自分たちは生き残れますけど、「顔の見える化」をして共感のなかで電気を買ってくれているお客さまに、そんなことできるわけがないんですよ。実際、他の新電力は事業撤退や潰れた会社も少なくありませんでしたし、私たちも結果的には巨額の赤字を出すことになりました。
結局その時は、リスクを分散させるプランをつくり、各所に説明に行きました。ありがたいことに1500社のほとんどがそのプランに納得してくださり、契約を継続してくれたんです。私たちを支えてくれるものが、お金だけの関係性じゃないことを実感しました。
損失に関しては一部の金融機関さんに相談したり、支払いを猶予してくれる企業や発電事業者さんのおかげで、私たちも事業を継続できました。今年度はやっと黒字決算で締めることもでき、初めてのボーナスも出すこともできたんですよ。
電気だけじゃない。「顔が見えるもの」を買って取り戻すもの
-大石さんが創業からずっとその情熱を持ち続けていられる理由は何ですか。
創業時のことや、これまで応援してくれた人たち、もちろんお客さまなど、いろんな人のことを思うと「まだまだ、へこたれてはいられない」と思えますね。特に亡くなった父との会話を思い出すと、力をもらうことができます。
父は中小企業を経営していたのですが、大手企業から独立した時に苦労したため、僕が独立を考えていると話すたびにやめといた方がいい、と言っていました。「凸版印刷のような企業のなかで好きなことができているならその方がいい」、と。ある日倒れてしまったんですけど、直前に話した会話も、独立のことだったんです。車で駅まで送ってもらいながら、やっぱり独立しようと思うんだと言うと、その時は「お前ももういい歳だから、それも良いかもな」と言ってくれました。「好きなことをして生きる方が良い」と、初めて賛成してくれたんです。その時考えていたのが電力事業でした。
父が倒れてから亡くなるまでの数年間、持ち物などを整理しながら初めて知る父の苦労がたくさんありました。当時は一切そんな様子を見せなかったですけど、とても苦労して僕ら兄弟を育ててくれたことがよくわかりました。最後に車の中で交わした会話は、父との約束のようなものですから、ちょっとやそっとのことでへこたれている場合じゃない、と思いますね。
あとは未来のことを考えることも力になります。結局のところ僕らが生きるこの社会は、電力すら誰がつくったかわからないブラックボックスなわけです。私たちは電気を「顔が見える」ようにしましたが、よくよく考えると電気だけじゃない。この椅子やテーブルだって、どこから来たのかわからない、ブラックボックスです。
洋服だってそう。安さを優先してファストファッションで買い続けていたら、結果的にウィグル自治区の労働搾取を後押ししているかもしれないし、食材だって、安さばかりを求めていたら、大量消費、大量廃棄、不衛生な畜産業などを支えてしまうかもしれません。
「顔が見えない」ブラックボックスによって引き起こされる問題はたくさんあるんです。そこで私たちは電力以外にも、農地の土中環境や、労働環境など空間の状況、あるいはアパレルブランドの健全さなど、いろんな分野の「顔の見える化」も進めています。
-「みんな電力」から「UPDATER」に社名変更されたのも、そうした事業展開が理由ですか。
そうですね。私たちは、お金ではなく、未来を見据えた価値でものごとを選べる人のことを「アップデーター」と呼んでいます。一つひとつの選択において、環境負荷はないだろうか、生産現場の労働搾取はないか、生物多様性はどうだろう、と金額以外の価値で選択すること。それは今日からでも始められる、世界を変えられる行為です。世界人口が100億になると言われていますので、3.5%の法則※に当てはめれば、3.5億人のアップデーターがいることで世界の消費が変わる、社会を良くすることができるんです。
僕は、人はみんな良心がある、と信じたいんですよ。つくってくれた人の顔が見えたら、そっちを買う人が多いはずだと思っています。
(※ハーバード大学エリカ・チェノウェス教授による、社会システムが変わる研究結果)
それともうひとつ。みんな電力のユーザーで、発電所のオーナーでもある、いとうせいこうさんが「顔の見える方を選んでいると、人間としての自信を取り戻せる」と言ってくれたことがありました。1日10個の消費をするとして、そのうちひとつでも世の中にいい消費ができたと自覚できたら、社会にいいことをした自分に対して自信を取り戻し、自己肯定感を上げるんだ、と。
大事なことは、それを楽しくやっていくことだと思います。社会にいいからこれをしなさい、と誰かに義務を押し付けるようなことではなく、すてきな人がつくってくれた電気を買えたら楽しい!と考える人が増えるようにすること。今みんな電力の個人顧客は2万人弱、まだ3.5億人に達してないので、やっぱりちょっとのことでへこたれてはいられないですね。
心に宿すロック魂。Weの力でつくる、やさしい経済
-今後の課題や、チャレンジしたいことについて教えてください。
まずは業界の課題が気になっています。再エネ電力にも、グリーンウォッシュのようなことが増えてきたように思うからです。
例えば、非化石証書を活用した実質再エネ※。制度化されているためそれ自体はいいのですが、皆さんの電気代の支払い先が最終的にはどこなのかは見極める必要があります。国の制度で認められているとはいえ、再エネを買いたいというお客さまの電気代が、環境破壊型のメガソーラーや化石燃料由来の発電所に最終的に支払われていて本当にいいのかと。今後、需要家が支払った電気代により環境破壊が進んだなど、投資家や消費者から批判されればレピテーションリスクにもなりうると思います。
(※再エネの環境価値を非化石価値として証書にし、売買可能にした仕組み)
-では「みんな電力」を広めることでそれを打破する、ということですか。
打破はしたい。そこはやっぱり、ロック魂がありますから。電力や他の事業も含めて、信頼を築きながら大勢の人を巻き込んでいくこと。民の力を上げて、みんなの力で、あるべき方向に制度を変えたいと思っています。
電力だけじゃなく、いろんな分野においても、制度が参入障壁になることは多いんです。特定のプレイヤーに有利なように新しいルールが作られてしまう。だからこそ、考えて選択すること。選挙が大事なのも、同じ理由です。
自社で取り組みたいことも同じく、未来のことを考えた時、みんなが「こっちが良い」と思えるようにすることですね。競合といったら怒られそうですが、私たちがベンチマークしているのはアメリカの大手ECサイトです。ポチッとするだけで全然知らない誰かが倉庫で作業してくれて、機械的にダンボールに収まり、配送の人が不在に苦労したりしながら必死に届けてくれる。「顔の見えない経済」の究極とも呼べるものです。とはいえ僕も使っているわけで、だからこそもっとハッピーなかたちが実現できないかな、と思うんです。
商品ひとつで、つくった人も、買った人も、届ける人もみんなが嬉しさで動く。そんなやさしい利益、やさしい経済がつくりたいんです。顔の見える究極の在り方をつくり出せるよう、今いろいろなアイディアを年度末までに発表したいと思って動いているところです。
-すごい、素晴らしいですね!
こういう話を聞くと、そう思うでしょ?でもね、良い話が聞けたと思ったって、みんなすぐ忘れちゃうんですよ。その直後に入ったお店でもう安いものを探して買ったりしちゃう。そうならないように、これを読んだ人は明日からひとつでも、買うものを「顔の見えるもの」に変えてくださいね。みんなすぐにでも、世界を変えられる力があるんですから!
編集後記
ビジョンドリブンを実直に実践する大石さんの話に、電力会社の変更を決めた時間でした。「5分でできる」電力会社の切り替えの他、大石さん自身、普段から買い物をする時に細部まで考えているお話も印象的でした。実際、オーストラリアのgood on youと業務提携したUPDATERの「Shift C」は、6000ものアパレルブランドを900項目の社会的基準で評価したプラットフォーム。ブランド名で検索すれば、地球・人間・動物における5段階評価が一目瞭然でわかります。選択肢を変え、未来に向けて、自分の暮らしを自分でアップデートしていこうと思います。
取材・文:やなぎさわまどか
撮影:樋口勇一郎
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部
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