みんなの「何かしたい」が集結してきた。インクルーシブの実践を重ねるヘラルボニー執行役員COO・忍岡真理恵さんの働き方
社会を良くするお金の循環をつくりだす。Money for Goodが描く社会像で、重要なキーワードのひとつは「働き方( #うみだす )」です。社会課題の解決を目的にしたソーシャルビジネスや、革新的なアイディアで起業するスタートアップなど、「働き方」を通してお金や人材を動かすことは、循環の大きな要になると考えています。
2018年、「障害のイメージを変えたい」と立ち上がったのは、株式会社ヘラルボニー。80億人の異彩がありのままに生きる社会の実現を目指し、ミッションとして「異彩を、放て」と、掲げています。創業者である双子のご兄弟・松田崇弥(まつだ たかや)さんと文登(ふみと)さんは、重度の知的障害を伴う自閉症の兄・翔太さんへの想いを軸に同社を興しました。国内外の障害のあるアーティストによる作品を管理すると共に、さまざまなプロダクトとして社会へ届けています。
福祉の領域を拡張し、前例のない価値を作りだすヘラルボニーで働く方々は、日々どのような挑戦や喜びを体験しているのでしょうか。聞かせてくれたのは、ヘラルボニー執行役員COO(最高執行責任者)の忍岡真理恵(おしおか まりえ)さんです。透明感のある色彩がにじみ合う、美しいアート作品を身に纏って、私たち取材班を迎えてくれました。
鮮やかに、社会規範をひっくり返したかった
-ご入社からCOO就任になるまでのことを教えていただけますか。
入社した時はまだ前職で勤務をしていたので、その時間外で2時間ほど、副業としてヘラルボニーの仕事をしていました。主に経営企画室の手伝いです。
元々、社会起業の仕事に興味があって、自分のスキルや経験を活かせる機会を探していた時、偶然ネットで見つけた名刺入れがかわいくて、ヘラルボニーという会社を知りました。見ているうちに会社としての素晴らしさに驚き、「いつかこの会社で働けたらいいなぁ」と考えながら、そのまま1年くらいはファンとしてフォローしていたんです。でもある時、「今この会社に挑戦しないと後悔する」と思い立って、その頃開かれていたカジュアル面談に申し込んだのが最初です。
「この会社で働けるならなんでもやります!」という気持ちでした。実際スタートアップですので、日々やるべきことがたくさんあって、とにかく目の前にきたことを無我夢中でやっているうちに、崇弥さんと文登さんからCOOのお声がけをいただいたんです。夢が叶った瞬間と言いますか、とても光栄で、嬉しかったです。ちょうど組織としてもCEOと社内メンバーの間を繋ぐ役割が必要になり始めていたり、海外展開も進み始めていたので、全体を見ながらどこに何を落としこむかをまとめる役割が必要な時でもありました。
-以前から社会起業に興味があったというのは、どんな問題意識からですか。
いわゆる社会的弱者と呼ばれる方のために何かしたいという気持ちはずっと持っていました。弁護士を目指していた時は、少年とか女性とか、特に社会的に難しい状況にある方々のことを主に考えていましたね。ただ、シェルターや教育支援、あるいはフェアトレードや寄付制度など、すでにいろんな支援の形が確立しているなかで、ソーシャルビジネスとして本当に問題解決に繋がるのはどういう形なのか、自分のスキルはどこでどのくらい役立てられるのか、と考えてしまっていたんです。
そんななかでヘラルボニーはすっごい特殊だと思いました。支援してくださいと言っているわけではないのに、購入してくださる方々がいてくださり、結果的に障害のある作家たちを支援する還元に繋げられている。「こんなビジネス、他に見たことない!」と、感動にも近い気持ちになりました。このビジネスモデルが成功すれば、本当に大きな変化が起きる、と思ったんです。
お客さまのなかでも特に30~40代の女性からは、ヘラルボニーの物を持っていると励まされる、とか、背中を押される、と言っていただくことがあるのですが、実は私自身もまったく同じ感覚でした。それはこれまでに、女性がまだまだマイノリティであることを痛感させられたことがたくさんあったからです。
だんだん世の中の価値観も変わってきましたが、勉強のことや家庭のことなど、もし私が男性だったら言われなかっただろうという経験もたくさんあります。別に逆恨みしたり文句を言いたいわけじゃないんです。ただ、マジョリティである男性、特に、高学歴の男性たちが支配している社会構造に憮然とした経験をひっくり返せたら、さらにそれが、ヘラルボニーが成功することで鮮やかにできるとしたら、すごい爽快だろうなと思いました。
学歴だけを見るとエリートに思われることもありますが、私自身、自分に自信がないことも多かったですし、社会の端っこにいるような感覚を味わったり、社会規範みたいなものと戦ってきた気がします。もちろんもっと大変な状態にある人がいると知っているからこそ、マジョリティと対峙できるヘラルボニーのビジネスの在り方に強く共感しました。
「害」とは一体どこにあるのか。情熱が叶えるヘラルボニーのビジネス
-実際に入社してギャップを感じたことや、意外だったことはありますか。
働き方自体に大きなギャップはなかったです。それより思っていた以上に、この事業への応援者がたくさんいることには驚きました。ご家族に障害者がいる方や当事者に近い立場の方など、いろんな企業の中にこんなにも大勢いるのかと初めて知ることが多かったです。普段の表情からはわからなくても、一枚めくると内面に何かを抱えている人が多いことを知り、世の中を見る目が変わりました。
ヘラルボニーの事業はけっして、突然生まれた特殊なことではなく、実は日本のあちこちで隠れているんです。そうした方々の「何かしたい」という力が、ヘラルボニーに集結し始めているように感じますし、時代が変化している時期に叶った事業でもあるんだと思います。
あと個人的に、ヘラルボニーに入ったおかげで初めて分かったことはたくさんありました。例えば、社内には車椅子の利用者や聾(ろう)のメンバーがいるんですが、一緒に働いてみないとわからないことも多く、とても勉強になります。会議を設定しても、この部屋の通路は車椅子で通れるのか、お手洗いの経路や通勤アクセスに無理はないのかなど、考えることがたくさんあって、自分の視野も広がりました。知らないままだったら誰かに失礼なことをしていたかもしれません。
本当のインクルーシブを考える時、これからの会社ってこうあるべきだなぁと社内で感じることも多いです。例えばヘラルボニーでは、あえて「障害」という言葉を使っています。これは、個人ではなく社会の方に障壁があると考える「障害の社会モデル」を理解した上で、いつかは過去の言葉にすることを目指しているためです。
まだまだ理想には至っていないのであまり偉そうには言えませんが、ヘラルボニーだからこそ挑戦できる経営のかたちがあるはずだし、いつかはインクルーシブな企業のモデルケースになりたい。そのためにも、事業をしっかり伸ばして強くなりたいと思っています。
-忍岡さん個人の視野を通して、これまでのキャリアでは見えにくかったビジネスの課題も見え始めたんですね。
ヘラルボニーの事業って、コンサルタント的な思考からは絶対に起こせないものだと思うんです。前職はソフトウェアの会社でしたが、ソフトウェアの世界は全てがロジックで設計されているので、何をどうしたらこれだけのメリットが出せる、といった計測が可能な世界です。でもヘラルボニーの事業ではそれができません。
アートに価格をつけることや、プロダクトの価格を決めること、ブランド価値を損なわない装飾の度合いや、アーティストに対するフィーの適正なパーセンテージの決定も、どれも正解はないので、経営を見る立場としては一つひとつ悩みながら進めていくことになるんです。できる限りの根拠を積み上げて、最終的には代表の直感に従い、万が一ダメならやり直すことまで覚悟して決断することもあります。
ヘラルボニーは本当に、代表ふたりのストーリーとちょっと向こう見ずなところ、そこに関わる人間の情熱と勢いで立ち上がっているビジネスなんですよね。ビジネススクール出身のコンサルタントや大きな投資で始まる事業とは全く違うものです。
アートの魅力を損ねないために、大切にしていること
-アーティストの皆さんは、貴社の個性にとっても欠かせない存在ですよね。
彼らは誰かに頼まれたわけでもなく、ただ思いを行動にした結果として美しいものを作っています。いわば、人間に頼まれずとも綺麗に咲くお花のような、限りなく「自然」に近いアート作品です。
それをお借りしている私たちとしては、いかに元の美しさを損ねることなく、同時にたくさんの方にわかりやすくて、素敵だと感じられるものにできるのか。これこそ最も大事にしているプロセスです。作家さんのなかには直接のコミュニケーションが難しい方もいるので、周りの方のお力も借りながら、ご本人にプロダクトを見ていただいて、ポジティブに受け取ってくださっているかどうかなど、しっかりと確認しています。
大切なのは作家さんへの理解と、敬意だと思っています。それぞれの作家さんが、どういう思い、どういう生き方のもとで作品を制作したのか。そのストーリーを理解して、きちんと伝えることを重視しています。
企業様に提案する時も、作家さんの個性や好きなものをお伝えすると、魅力の伝わり方が全然違うんです。お客さまからも、作品だけではなく作家さんの個性にも思いを馳せているというお声は多いですね。
ただきれいなものを持っているのではない、思いまで感じる経験を重ねていくと、例えば、街中で大きな声を出している人に出会ったとしても、ほんのちょっとだけ世界は優しくなると思うんです。私たちも今はまだ限られた数の作家さんとしかプロダクトを作れていないので、全ての障害者の方に還元ができているわけではありません。この先5年、10年としっかり本業を強くして、もっと広くインクルーシブな事業を展開していきたいです。
パリで始まる新しい展開。言葉を超えて分かり合える人間性
-ヘラルボニーの事業がより広まっていくために、どんなことを予定されていますか。
今はヘラルボニーという存在を、できる限り多くの方に知ってもらうことが重要です。ブランド名を知ってほしいというより、アートを見てもらったり、手に取っていただくことが増えて欲しいからです。そうした体験によって、障害者に対する考えも振る舞いも変わるはずですから。私たちだけの力には限界があるので、エリスの生理用ナプキンだったり、文房具のフリクションといった生活用品にも展開していただき、より多くの方に届けているのもそのためです。
それと同時に、誕生日や記念日などにハイブランドの特別な買い物をするように、「5万円だけどおしゃれだからヘラルボニーのお財布が欲しい」と思ってもらえるようになれたら、社会の障害者への捉え方は大きく変わりますよね。
-そしてまさに、ルイ・ヴィトンを含む高級メゾンが揃ったLVMHのアワードで受賞されましたね。
そうなんです!LVMH Innovation Award 2024というアワードで、Employee Experience, Diversity & Inclusionカテゴリーで受賞しました。ちょうど私がヘラルボニーの面接を受けた頃、「今度初めて海外視察に行く」と代表が言っていたのを覚えています。入社したら、その視察をきっかけに、海外専門チームを編成し始めていた時でした。この受賞のために私が何かをしたわけではありませんが、名刺入れを買った頃から「ヘラルボニーは絶対に海外でも支持される」と思っていたので、喜びは大きかったです。
受賞のおかげでパリに拠点をつくり、2024年の9月から一年間はLVMHのメゾンさんと商談ができることになっています。プロダクトを発売できるようになるのはまだまだ先のことですが、ギフトパッケージに私たちのアートを活用いただくとか、ダイバーシティ研修など内部での活動なども含めて、この一年で2~3件はメゾンさんとご一緒できることを叶えたいですね。
海外での認知度はほぼゼロに近いので、海外事業のマネジメントは非常に大きなチャレンジです。でも同時に可能性も強く感じています。以前パリでの出展時、ブースに来てくださったフランス人の方が、「人間性を賞賛するビジネスだ」と言ってくれたことがありました。「AIやテクノロジーが席巻する世界で、太陽の光を人間性に注いでいるビジネス」と言ってくださり、分かり合えた!と思いました。アートに対する文化的な素養が違う可能性もありますけど、それでもプロダクトを見ただけで、言葉では説明し尽くさなくても分かってもらえたことは本当に嬉しかったです。
まずは間近で出会ってほしい。一人のアクションは大きな変化に
-忍岡さん自身、お買い物される時などに気をつけていることはありますか。
お金を使うことは、支持しているのと同じことですよね。特に少し時間を掛けて選ぶ特別な買い物は、その会社のウェブサイトもしっかり読み込んでいます。
実は自分でも、ヘラルボニーの作家さんの原画を買ったんですよ。小さいサイズですが、衣笠 泰介さんという大好きな作家さんの絵です。プロダクトになったものももちろん素敵なんですけど、さらに原画はまた違った魅力があります。自宅に飾っているのですが、素敵な絵があるだけでものすごく励まされますし、絵のおかげで前よりも部屋を片付けるようになりました(笑)
皆さんにもぜひ、アートそのものに出会っていただけたら嬉しいです。今ちょうど、HERALBONY Art Prize 2024 Exhibitionという展覧会も開催していて、無料でどなたもお越しいただけます。初めてのものに触れる体験は、時にものすごい衝撃を走らせることもあります。これまで接したことのないワールドと出会い、自分が今後、社会にどんなアプローチができるのか、と考える機会にしてもらえたら嬉しいです。ぜひ多くの方にお越しいただき、直に作品を感じてもらいたいです。
-忍岡さんのように社会貢献したいと思った方は、何をするのがいいと思われますか。
働くことで自分の力を活かすのはもちろん大事だし、すごく良いことですよね。でも転職できない事情の方もいると思うので、働く以外の機会も活かしてほしいです。寄付をするとか、応援したい会社のものを買うとか、とても重要です。
私自身、自分が事業者側になってみたら、一人の方の小さな言動がどれほど嬉しくて、パワーをもらえるものか、本当によくわかるようになりました。特に私たちはまだまだスタートアップですので、何か小さなお買い物であっても、あるいは何も買わなくても、それこそ展覧会に来てくれるとか、SNSで呟いてくれる一つひとつに、ものすごく励まされています。私も小さな名刺入れで人生が変わりました。ぜひ皆さんも、何か行動をしてみて欲しいです。
編集後記
ヘラルボニーのエコバックを肩から下げて取材に行ったところ、エレベーターを降りた瞬間、「うちのバッグ!ありがとうございます!」と言ってくださった社員さんがいてびっくりしました。その後お目にかかった忍岡さんもすぐに「バッグ、使ってくださってるんですか!」と仰るので2度目のびっくり。大手企業とのコラボレーションや、欧州への進出を果たそうとも、目の前にいる一人の顧客の存在に目を輝かせて喜んでいる。本当に誠実に、自社アーティストの作品を大切にしていることが伝わってきました。
東京・丸の内で開催中の「HERALBONY Art Prize 2024 Exhibition」は9月22日まで。ヘラルボニーを間近で体験できる機会を、どうぞお見逃しなく。
取材・文:やなぎさわまどか
撮影:樋口勇一郎
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部
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