分身ロボット「OriHime」で解決する孤独の問題。未完成なこの世界で、自分の可能性を見つける方法とは
タブレット画面でのセルフ対応や、AIを相手に交わすやり取りなど、私たちの日常に馴染みつつあるロボティクスの技術。しかし日本橋のあるカフェで対応してくれたロボットは、AIではありませんでした。ロボットの向こう側に人がいて、遠隔操作によって接客してくれたのです。
カメラとマイクとスピーカーが搭載され、インターネットを通じて操作できるロボット「OriHime(オリヒメ)」は、障害・病気・介護・子育てなど、さまざまな理由で外に出ることが難しい「移動困難者」の遠隔でのコミュニケーションを可能にした、分身ロボット。操作している人はその場にこそいないものの、相手と同じ景色を見ながらの対話を叶えてくれます。
すでに各地の企業や施設、学校など、あらゆる場所に導入され、「OriHimeパイロット」と呼ばれる”中の人"たちが大勢活躍しています。
今回はOriHimeを生み出した株式会社オリィ研究所を訪ねて、新しいコミュニケーションの形を実現させた背景と、これからの展望などをお聞きしました。お話を聞かせてくれたのは、同社の共同創業者であり代表取締役所長 CVO(Chief Visionary Officer)の吉藤 オリィさんと、代表取締役社長 CEOの笹山 正浩さんのおふたり。お伺いした場所は、OriHimeを通してパイロットさんたちが働く、日本橋の「分身ロボットカフェDAWN」です。
「孤独」とは、人類に共通した問題である
-こちらのカフェは期間限定の実証実験を経て、2021年に作られた常設店だと聞きました。この場所を作った理由からお聞かせいただけますか。
吉藤さん 私たちは遠隔操作が可能なロボットを作り、移動や外出が困難な状態にある「移動困難者」の方々が社会参加できるかたちを作ってきました。ロボット以外にも、眼球と体の一部だけは動かせるALS(筋萎縮性側索硬化症)などの重度肢体不自由の患者向けに、視線入力が可能な装置も作っています。ALSの方にとって、生存への最後の選択と言われているのが呼吸器の装着なのですが、視線入力の装置があったとしても、呼吸器の装着を拒否する人は少なくありません。しかし、自らの可能性を自覚し、まだ出来ることがある、と感じると呼吸器の装着を選ぶ人も出てきます。
私たちは、移動困難者の方々と一緒にものづくりをするうちに、人類にとっての「役割」と、どこかに「所属していること」の重要性を考えるようになりました。移動困難な状態とはけっして障害だけに限りません。老化や事故などによって寝たきりになったり、思うように体を動かせなくなる可能性は誰にでもあるからです。外出ができずに誰とも会えない、社会に参加することができないといった孤独の状態は、全人類にとって解消可能でなければいけない。そう考えてオリィ研究所を設立し、「分身ロボットOriHime」や「分身ロボットカフェDAWN ver.β」をはじめとした人類の孤独を解消するためのプロダクトやサービスを開発しています。
吉藤さん 卓上に置けるサイズの「OriHime」や、高さ1m20cmの「OriHime-D」を遠隔操作するパイロットたちは、何らかの病気や障害、あるいは家族のためなどで、移動困難な状態にいる方々です。しかし自宅やベッドの上からスマホやパソコンでOriHimeにログインすれば、カフェのお客さまをお迎えできる。メニューの説明や商品の提供、雑談や写真撮影といったサービスも提供できます。ここ以外でも、受付や案内係など企業や施設の顔として活躍している方が大勢います。
障害者の採用を増やしたい企業の方も、ここでOriHimeを通した接客を受けることで、可能性を実感されるようです。なかには「このパイロットさんの接客が良いから、この方にうちでも働いてもらいたい」と、人材を紹介することになったりもします。OriHimeパイロットは瞬間移動が可能ですから、カフェの仕事と企業での仕事を掛け持ちで働いている人もいます。
経営陣が合宿を敢行。役割を見直した新たなチャプター
-創業された吉藤さんが代表を務めた後、2023年に笹山さんがCEOに就任されていますね。
吉藤さん 創業してからの10数年は私がCEOをしてきましたが、CEOと同時に兼エンジニアでもありました。OriHimeやOriHime eye(オリヒメアイ)、OriHime-Dや分身ロボットカフェ、私はものづくりや発明が得意な人間らしいと感じる事が多かったのですが、会社の規模が大きくなり開発よりもマネジメントの仕事の割合が増えていった。それまで自分が欲しいもの、あるいは、寝たきりの方々にとってあったらいいもの、いわばユーザー目線のものづくりをしてきました。ニーズの度に事業が増え、作るものも増える。ありがたいことに関わってくれる人たちが増えてきたんです。会社が拡大する時期でしたが、私自身の特性として、開発よりも拡大していく組織やチーム作りが得意かどうかと問われたら、「これは分身が必要だな」と思いました。
笹山さん 僕もCFOとして経営チームのひとりでしたので、会社が成長していく途中で起こる痛みのようなものは感じていたんです。吉藤も僕も、もうひとりの取締役である椎葉も、それぞれが同じように苦しみを感じている状況だったと思います。
経営チーム全員で1泊2日の合宿を開催して、ひたすら話し合うなかで、吉藤が不得意な分野までがんばってくれることは、彼の良いところを潰してしまっていると感じていました。これは、吉藤本人にとっても、そして会社にとっても良くない。これはもう、役割を変えよう、と。
吉藤さん 所長と社長2名代表という事で、それぞれの異なった視点から議論し会社の方向性や事業を決定。私がビジョンの策定・浸透と研究をリードし、笹山が経営に関する業務執行を統括するといった役割分担でやっています。
人間こそが孤独を癒す。孤独を解決する3つの壁
-分身ロボットが解決する、孤独の問題について教えてください。
吉藤さん 孤独とは、孤独から抜け出す選択肢がないことだと定義しています。時に人は、なりたくて孤独を選ぶこともあると思います。山に篭りたい、とかね。しかし孤独な状態から社会に戻りたくても戻る方法がないことがある。「選択肢のない孤独」、それが我々の解決したい社会課題です。
私自身、小学生から中学にかけての3年間、病気をきっかけにほとんど学校に行けなくなったことがありました。学校に行きたくても行けなくて、気づけば戻る方法がない状態になっていたんです。あの時、孤独から抜けだす選択肢は私には何もなかった。
最初は「友達が欲しい」と思いました。でも不登校で自分に自信のない私はコミュ力がとても低かった。人間関係って、時間を掛けて知り合ってもうまくいかなくなることもあって、コスパが悪いと感じ、AI・人工知能をやろう、と。人間ではなくAIの友達を開発する方が早い。そう思って進学した高専で1年間、人工知能の開発に挑戦したのですが、やっているうちにやっぱり「これじゃないな」と思いました。
孤独を解消するために本当に必要なのは、やはり人間だ、と。人との関係性をどう築くか考えて、そこにツールを実装する事だと思いました。コミュ力を気合いと根性で克服するのではなく、テクノロジーやノウハウを使ってできないだろうか、と考えました。なぜなら人類はこれまでも、視力が悪ければメガネを使い、数学が苦手でもエクセルは使えるようになったりして、苦手な事を技術でカバーしているからです。人との出会い方や、コミュニケーションの力を解決する福祉機器のようなものが作れないだろうか、と考えるようになりました。
吉藤さん 孤独を解消するために必要なのは、移動と、対話と、役割、この3つの障害を克服すること。この考えをベースに、私たちはサービスを開発してきました。移動とは、体を物理的に運ぶことだけに限らず、感情や心が移動することでもよい。私たちはOriHimeのことを「心の車椅子」であると呼んでいます。OriHimeパイロットたちは、なかに入ることで自らの心を乗せている。それが移動の障壁を克服しています。
対話は、相手とのコミュニケーションのこと。OriHimeは顔を見られず、また障害や年齢も関係なく接客できるのですが、それであれば人前で話せるという人もいますし、OriHimeの方が生身よりも関係性を持ちやすいというヒアリング結果もあります。また、私たちがALS患者さんらと開発、提供しているOriHime eye+switchは、視線の動きだけで発話や周囲の人とのコミュニケーションを可能にします。
そして重要なのが、役割。これは、同じ方向を向いた仲間のなかで自分を自覚するということです。このようなカフェであれば、各自それぞれがお客さまのことを考えて、より良いサービスの提供に努めようとすることができます。
-なるほど。笹山さんもやはり、孤独に関する課題をお持ちだったんですか。
笹山さん それが僕は全く逆で、幼少期に孤独を感じたことはほとんどありませんでした。学生時代の部活もワイワイ楽しんでいましたし、就職もアカウンティングとかコンサル系の業界で、吉藤とは全然違う道を歩んできたと思います。
前職では大手フリマアプリの企業でファイナンスを担当していて、会社のビジョンやミッションには共感できるし、会社のことも好きだったんですが、どこか仕事を自分事に捉えきれない気持ちも抱えていました。
その頃、吉藤と知り合って、「孤独の解消って何??」と思ったんですけど(笑)、でも話を聞きながら想像してみたんです。もしもこの帰り道に事故に遭って寝たきりになったとしたら、とか。僕はやっぱり社会とは繋がっていたい、と思いました。うまく動けない体でも、毎日が楽しい方が良いし、社会で役割をもっていたい。そう思ったら、そういうサービスはまだ今の世界にないな、と思ったんです。孤独を感じたことがなかった僕なりに、孤独の問題を自分事にして、この事業に取り組みたいと思いました。
-そういえば高齢者施設でOriHimeが導入されていると聞きました。パイロットさんたちと高齢者の方はどんなコミュニケーションをされるのでしょうか。
笹山さん 高齢者施設もリソースの限界がある中で、話し相手がいない、という問題を解決できると思っています。高齢者にとって話し相手がいるかどうかは、心身の健康状態に影響があるとされているんです。
吉藤さん 高齢者の方も「OriHimeやパイロットに話してあげる」という役割が生まれることになります。例えば昭和の時代のことを聞き出してみるなど、個人に興味を持って、インタビューしたりできたら、お互いとても楽しいはずです。
-そうして孤独にならないで済むと思うと、未来への不安が減るような気がしてきました。
吉藤さん おそらく人は、本質的には人との出会いを求めて生きていると思うんですよ。とはいえ、何の意味もなく「ただここにいて」と言われたら無理があります。ここにいるためには、ここにいる理由やここでの役割が必要になる。つまり目的と目的の間にある、非目的な時間によって、私たちの関係性というものは醸成されていくんじゃないでしょうか。
コミュニティやツールを組み合わせることによって、人生で一度も働いたことがなかった人たちがこのカフェで活躍したり、企業からスカウトされたりしているのを見ると、とても嬉しい。まだまだ、寝たきりや移動困難になってもできること、可能性がある、と実感しています。
社会から「見えなくされている人」たちとの融合
-孤独の解消において、移動困難な状態にはない、いわゆる健常者と呼ばれる人たちはどんなことに気をつけるべきでしょうか。
吉藤さん 気をつけるというより、気づく事かと思います。すぐ身近にも移動困難で孤独を抱えている人は暮らしていて、私がかつてそうであったように、自分では克服できない中で苦しんでいる。そして私たちも、いつそうならないとも限らないのです。
しかし日本の現状では、たくさんの人がいる東京駅ですら車椅子の人とすれ違うことはほとんどありません。統計で言えば60人にひとりくらいの割合で車椅子ユーザーがいるはずなのに、です。ましてやストレッチャーの上で生きる人や。呼吸器をつけている人を街中で見掛けることは、ほぼありません。80代以上の高齢者だって、数で言えばもっと見掛けるはずですが、それほどでもない。つまり、いろんな人がいるように見えて、実はこのリアルというプラットフォームは大いに偏っている。私たちはそれを変えたい。そのためには、テクノロジーや当事者の意識を変えていくというだけではなく、社会の中でしっかりと役割を作っていく必要があると思うのです。
もっと当たり前のように、寝たきりの人たちとすれ違うとか、一緒に仕事をするとか、本当の意味で健常者と障害者の垣根がない社会にしたい。寝たきりの先に、こうありたいと憧れる存在を見つけることだってあるはずで、まずは今の偏りを知ることが重要だと思います。
笹山さん 僕らが目指しているのは、OriHimeが普及すること以上に、OriHimeパイロットの方々が活躍する機会が増えることです。このカフェもそうですが、これまで働けなかったけれど働けるようになった人が沢山います。役割を得て、自信をつけて、社会に羽ばたいていく。その仕組みを社会に創ることが僕たちのミッションです。
そのためにも、このカフェのような、楽しい要素がある場所を増やしていきたいですね。障害者や移動困難者に関する話題はどうしても、同情やネガティブな気持ちから入ることが多いと思うんです。しかしもっと「楽しい」とか「明るい」といったイメージに変えていくことができたら、障害者に対するイメージは大きく変わるはず。このカフェはそうした僕らの意思を表明する場にしたいです。
吉藤さん パイロットのなかには、自分自身に障害がなくとも、重度障害のある子どもやパートナーがいたり、ヤングケアラーと呼ばれる方々もいます。でも1日1時間だけでもOriHimeに入って働けたら、誰かに喜びを届けたり、リアクションをもらいながら、モチベーション高く仕事ができ、孤独の解消はかなり実現できると思っています。
完成された社会に合わせて、自分を変える必要はない
-最後に読者の方に向けて、おふたりのお金の使い方や、社会貢献の方法に悩んでいる方へのアドバイスをお願いします。
笹山さん お金の使い方で言えば、僕は学生時代からよく海外で一人旅をしていました。社会人になってからも、少し長めの休みが取れそうな時はひたすら一人で海外にいっていました。往復の航空券だけ買って、バックパックを背負って、宿は現地で探すスタイルです。そのため、航空券などにずいぶんお金を使ってきたと思います。最近は海外になかなか行けなくなった反動なのか、マダガスカルや南アフリカの植物にはまっていて、結構お金も使っていますね。
僕がお金を使う理由は、もしかしたら自分の新しい役割を探したり得たりするためだったのかもしれません。一人旅をする理由は、普段の自分の役割を一旦リセットして、「ひとりの日本人男性」になりたかった。植物も今100体くらい家にあるので、世話をする役割を得たかったのかもしれません。植物の中にはこれまで、直射日光に当てすぎたり雨に当てすぎたりして、枯れてしまったものも沢山ありました。また、根が出ていない状態を買って発根チャレンジするものもあります。成功するものもあれば失敗してしまうものもありますが、そこから次はどうしたら成功するのか、自然と学ぶようになりました。
これまでを振り返ると、なんであんなことに使ったんだろうと思う事もあるんですが、お金によって自分の役割を得て、学びや成長に繋がるのだとしたら、どんどん使っても良いと思うんです。周りに何を言われようと、自分自身が納得することが大事。
吉藤さん 私は35歳まで貯金ゼロ、稼いだお金は全て使い切ってきました。それは、やってみたい実験や研究がたくさんあるためです。例えば今はまだ趣味の範囲ですが、体を動かせなくなったALSの方に向けた「動く服」を作ろうとしています。脳波によって着た服の袖が動き、握手ができたら、それはもう服ではなくその人の腕ではないだろうか、と考えたりしています。
あるいは今、「自分で自分を介護できる部屋」も研究中です。自分が寝たきりになった時、AIで全てを自動化するのではなく、寝たきりでも友達を呼んでもてなしたいし、飲み物を注いであげたい。そのために自分で自分のことができる環境が作れないだろうか、という発想です。
「失ったもの」を取り戻す感覚を得ることや、新たにできる事が増える事は、孤独の解消における新しいアプローチ方法になると考えています。私にとってお金とは、自分が作りたい世界のために、そして頭の中でまだ形になってないものを形にするために必要なエネルギーのようなものですね。
そして社会貢献について。これはお金というよりも、時間の使い方から考えるとヒントになるかもしれません。まずは、この社会はまだ何も完成していない、課題だらけであると気づくこと。もしこの世界が完成されていると思ってしまったら、自分もそこに合わせなくてはいけなくなります。世間と同じではない自分を「どこか間違っているのかも」と、考えることはもったいない。
まだ何も完成されていない人類の世界に対して、ただ文句を言うだけのクレーマーになるか。あるいは、解決の糸口を見つけて発明家になるか。最も良くないことは、「こんなもんでしょ」と諦めてしまうことです。
社会は未完成で課題だらけ。この事実に気がつけば、自分の「できないこと」を強く自覚でき、その中で「できること」がより明確に分かる。各自の「できないこと」が価値になる。そういった時代がくると考えています。
編集後記
とことん自主性を応援している同社の姿勢に、感動を覚えました。孤独が解消された先にあるのは、漠然とした不安が晴れた世界。それはきっと、明るいフィルターが掛かったように映ることでしょう。不思議なことに、小さなOriHimeが手を振ってくれると、まるで愛猫に見つめられた時のような愛おしさが込み上げてきました。
取材・文:やなぎさわまどか
撮影:内海裕之
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部
この記事がいいなと思ったかたは、「スキ」を押していただくと、1スキあたり10円でSMBC日興証券がNPO団体へ寄付させていただきます。社会をより良くする一歩を、まずはここから。
お金と人のよい循環で、明るい未来をつくる。
SMBC日興証券が行う「Money for Good」について
詳しく知りたい方はこちら▼