成功の扉は重いからこそ助け合う。ボーダレス・ジャパン田口一成さんに学ぶ、社会課題の解決方法
貧困、差別、人権、環境、少子高齢化などなど、わたしたちの暮らす社会にはあらゆる課題が存在しています。社会課題の解決にビジネスの力で取り組む株式会社ボーダレス・ジャパンは、現在世界13カ国で48の事業を展開。その全てが、社会課題を解決するためのソーシャルビジネスです。
効率化と成長を是とする資本主義の仕組みにおいて、一般的なマーケットから取りこぼされてきた社会課題を扱いながら、同時にビジネスとしても成長させているボーダレス・ジャパンは、「ソーシャルビジネスで世界を変える」と掲げた使命を見事に体現しています。
社会にとって良いお金の流れを作る。まさにMoney for Goodを軸にしたビジネスの在り方について、同社代表・田口一成さんにお話を聞きました。
「ソーシャルインパクト」が意味する役割
-ボーダレス・ジャパンを創業されて17年。従業員数1500人、事業規模も75億円まで拡大されました。田口さんのお仕事にとって、「お金」はどういう存在だと捉えていますか。
僕にとってお金は手段であり、単純に、何をするにも必要になってくるもの、と捉えています。もちろん生活のためにみんなお金が必要ですが、ではいくら必要なのか、いくらあれば満足なのか、と考えることが大切だと思います。本当にやりたいことは何か。例えば、年に1度旅行に行きたいのだとしたら毎月このくらいあればいい、ということがわかります。なかなか普段の暮らしで考える機会もないかもしれませんが、「お金は大切」という言葉だけが先走ってしまうと、いつの間にかお金が目的化してしまいます。
会社はいろんな人たちが共同作業をする場所なので、みんなにとってわかりやすい価値基準が必要になりますよね。わかりやすく測れるもの、売上や利益といった数字がその基準になりがちですが、ボーダレス・ジャパンが指標にするのは、どのくらい問題解決に寄与できたのかを測る「ソーシャルインパクト」です。
もちろん企業として成長するために売上や利益というファクトも確認しますが、事業ごとに設定されたソーシャルインパクトを月次で計測しています。
例えば、貧困で困っていたミャンマーの農家さんたちを支援する事業では、彼らが育てたハーブをハーブティーとして販売しています。ハーブの専門家と助産師と共に開発し、妊娠中や授乳中のヘルスケア品として事業を拡大してきました。認知度は国内の産後女性の3〜4割に知られるまで成長し、毎年10万人ほどの新規購入者を獲得しています。事業がこの規模になればかなりの顧客ニーズも把握できるので、「ベビー服を作ろう」とか「抱っこ紐を開発しよう」といった商品化に展開していきがちなんです。
しかし僕らは成長だけを目的とせず、「所得の低い農家さんをどれほど救えるか」というソーシャルインパクトを指標にしているため、農家さんが作れないものを商品化することはありません。事業を立ち上げる段階で、どういう人に、どれほどの解決をもたらせるか、そしてどんなソーシャルインパクトを作り出すかを徹底的に考えて指標化するので、ハーブティーの売上が何億円になったとしても、農家さんに寄与できないものは作ってもしょうがないね、ということになるんです。
広がれ、カンパニオ。支え合いながらも独立した関係性
-ボーダレス・ジャパンは、社会起業家がどんどん生まれる仕組みを確立されましたね。
起業から7年ほどは、僕自身が課題解決の事業を立ち上げ、黒字化したら他の人に社長をパスする、ということをしていました。でもそれでは間に合わない社会課題がたくさんあります。そこで社会起業家が増えれば、その数だけ解決できる課題も増える、と考えました。社会のために、社会起業家が失敗することなく課題解決に取り組む必要がある、と。
ボーダレス・ジャパンでは、経営に必要なノウハウや資金を提供しています。事業を一緒にプランニングしたり、黒字化するようサポートしあい、上下関係ではなく、起業家同士が助け合う相互扶助のシステムです。
今はまたさらにリニューアルをし、新たにSwitch to Hope、社会の課題を、みんなの希望に変えていく、ということをキーワードにしました。いろんな課題があるけど、それはみんなの希望になるポテンシャルもある、ソーシャルビジネスは課題を希望に変える転換装置になれるんじゃないか、と考えています。
それに、一つの社会課題が解決すれば世界が平和になるかと問われたら、そうではありません。犬猫の殺処分問題に取り組む人も、難民の問題に取り組む人も、みんな大切。自分の事業以外の、お互いの事業の課題も社会にとって重要だと理解した上で集まっている、そんな起業家たちを「フェロー」と呼んでいます。
そして新しいこの形態を「カンパニオ」と呼ぶことにしました。カンパニオとはcompanyの語源でもあり、「パンをわけあう人々」、つまり仲間という意味がある言葉です。事業を始めることは一人でもできるけど、大きいことを成すためには仲間が必要で、そして本当に世界全体を幸せにするためには、みんなのノウハウを共有しあうことが欠かせません。
みんなで創業を支援し合い、学び合い、高め合い、助け合うこと。万が一ビジネスがうまくいかなくなった時でも、個人負担にならないためのセーフティーネットでもありたい。ボーダレス・ジャパンのカンパニオでは、ソーシャルビジネスに取り組む仲間同士で基礎を支えあうことが重要だと考えています。
-カンパニオは平等性が保たれている集合体なんですね。
僕自身、起業して思ったことは、起業家が孤軍奮闘したところで社会は良くならないし、万が一、失敗した時に借金返済の人生になることは絶対に良くない、ということでした。個人がリスクを負うことなく、アクションという形で事業に取り組む人が増えたら、社会をよくするスピードも上がるはず。そう考えると、自分とは違う課題に取り組んでくれる人に感謝が沸くので、自然と平等な関係性になるんです。
売上や利益の大きさでその人を判断するなんて全くありません。自分が知らなかった畜産動物の問題に取り組んでくれてありがとう、難民の問題のために現地まで行ってくれてありがとう、という気持ちになりますから。
カンパニオの仕組みはボーダレスだけのものではなく、どんどん皆さんに始めてもらいたいです。2021年に『9割の社会問題はビジネスで解決できる』という本を書き、ソーシャルビジネスの始め方を紹介しました。でもその時はまだ適切な言葉でこの仕組みを言い表せずにいたんです。そこで今改めて、「カンパニオ」という集合体を広めていきたいと考えています。
2つの事例に見る、本当の支援をかたちにしたビジネス
-社会起業家が生まれる仕組みづくりをしてきたボーダレス・ジャパンですが、自社で運営されている事業の事例もいくつか教えていただけますか。
2020年に「ハチドリ電力」という自然エネルギー100%の電力供給会社を始めました。喫緊の問題であるCO2の削減と、火力など化石燃料ではなく再生可能な自然エネルギーを選ぶ人を増やすことが目的です。
毎月の電気代の1%が自然エネルギーの発電所を増やす基金になり、さらに1%が社会活動を行う団体の寄付になります。僕らの運営費も、電力使用量に比例して増える大手電力会社とは違い、使用量に関係なく、1件につき550円(税込)としています。
それと昨年からは掲載費無料のクラウドファンディング「ForGood」を始めました。おかげさまでとても順調に伸びています。クラウドファンディング自体はとても良い仕組みで定着もしましたが、いくら必死に集めても最後に1〜2割の金額を手数料として支払わねばならず、これから善意で動こうとしている人たちにとってそれはどうなんだろう、とずっと考えていたんです。
そこで、本当に社会にグッドなことを始めたい人のために、集まったお金を100%払える仕組みにしました。クレジットカードの手数料と僕らの運営費も、支援する人にサポートしてもらう。それも支援金額の5%と、運営費は一人220円(税込)です。
僕らの運営費が200円ですので、ものすごく薄利な事業ですが、1件1件で黒字にならなくても良いと思っています。集まった金額によって運営費が増減する仕組みの場合、大きなプロジェクトを求めるようになりがちですが、ForGoodでは小さくても大切なプロジェクトが確実に成功することを大事にしたい。災害で困っている人を助けたいとか、お店を建て直すために冷蔵庫代50万円が必要とか、そういうことを助けられたら良いなと思って始めました。
-ハチドリ電力では、2021年に電力の取引価格が高騰した際、自社負担されましたね。
そうですね。僕らは電気を売っているというよりも、みんなでCO2を削減したい、気候変動をどうにかしたい、そのために自然エネルギーだけを販売したい、という気持ちでハチドリ電力を運営しています。価格高騰の原因が自分たちではないとしても、もしも高騰した分をそのまま請求したら、電気代が20万円になるような人がたくさん出てしまう。せっかく自分の電気を選択しようと行動した人たちに、その選択を後悔するようなことはさせられない、と思いました。
電力を自分で選び、それを気持ちよく感じることは大事な一歩です。その気持ち良さは、次に服を選ぶ時や寄付する時に、誰かのためという選び方の基準になるかもしれない。僕らはそうした、社会が良くなる選択肢を増やすために活動しているので、高騰した電気代の自社負担は一瞬で決断しました。迷いも全くありませんでしたね。
最終的には3億円ほどの赤字が出たので、累積として赤字が続きましたが、でもそのおかげでこうして誰かの記憶に残っていたり、以前からのユーザーさんが離れてしまうこともありませんでした。口コミのおかげで新規のお申し込みは毎日続き、やっと黒字化の目処もたちました。まだまだできていないことも多いので、メンバーを増やして、もっと積極的に広げていこうと思っています。
自ら手足を使って飛び込む、フェローへの参画
-田口さんご自身は、お買い物、投資、寄付など、お金を使うときにどんなことを意識していますか。
僕は超エコ人間なので、基本的にはあまり買い物もしないんですが、する時は本当に良いもの、必要なもの、きちんとした背景で作られたものを買います。児童労働とか何か労働環境に問題があるという話が聞こえる企業からは一切買いませんね。
-これから挑戦したいことや、取り組みたい社会課題はありますか。
直近10年はサポートに回っていましたが、今年から僕もフェローの一人として、また事業を作ることにしました。社会起業家の育成も続けているので、完全に二足のわらじですね。
社会課題に関して大切なことは、「放置されない」ことだと思っています。避けるべきは、明確な課題なのに誰も取り組まない状況、とにかくそこだけは無くしたい。また、会社のメンバーや起業家たちがかなり成長してきて、僕のサポートはそろそろなくても良いかもしれないと感じたこともあり、僕自身、プレイヤーの一人として取り組むことにしました。
2ヶ月前に1つ事業を立ち上げて、さらにまた来月も新しく事業を立ち上げようとしています。今度は「ふるさと納税」に関する社会課題です。税金が目的通りにつかわれて、誰の負担にもなっていないリターン品があり、ローカルの社会起業家たちが活躍できる場を得る。そんなソーシャルインパクトを作っていく予定です。
事業を立ち上げるペースが早くて驚かれますが、他のフェローたちが驚愕するスピードで事業を作り、どんどんソーシャルインパクトを出していく。これくらいやるんだ!と見せることも僕の仕事かと思うんです。もちろんこれからも引き続き、しんどい状況のフェローがいたら助けに入るし、ピンチなら一緒にアイディアを考えていきますが、まずはこのカンパニオ全体にとって良い影響になるような仕事をどんどん進めるつもりです。
-そのスピード感で課題を事業化していくために、どんなことを大事にされていますか。
たくさん事業化していますが、いつも最初の立ち上げで大切にしていることは、「本当にこれは世の中に必要な事業なのか、これが成功するとどうなるのか」ということをむちゃくちゃ考えています。ちょっと儲かるかもとか、ちょっと喜んでもらえるかもという程度ではやりません。なぜなら本当に必要なら、絶対に続けていけるからです。ハチドリ電力だって最初の頃は赤字でしたが、必要とされる理由があったから続けてこられました。おそらく、事業を続けられるデザインを考えることが、一番の成功の秘訣かもしれません。
そしてもう一つ、事前に100%の大正解をシナリオにするのではなく、大筋これで間違いないという仮説を立てたら、まずはやってみることですね。やってみたら何かしらの反応が掴めるので、そのファクトを元に判断できるようになるんで。これは僕のスタイルでもあり、まずはやってみるということは僕ら全体のカルチャーになっています。
僕はよく「成功の扉は重い」と言ってるんですが、これは、ちょっと押して重いからって「この扉は違う」と判断してしまうよりも、ちょっと開いた時にさらに腰を入れてグッと強く押す。そしたらすんなり開くことも多い、という意味です。「やっぱり最初の扉が正解だった」というケースはこれまでたくさんありました。目的を明確にして、アイディアの筋が決まったら、まずはやってみて修正を重ねる。これは僕の一つの鉄則です。
社会課題を意識する人がすべきこと
-社会課題の解決に「自分も何か貢献したい」と考えてる方にアドバイスいただけますか。
みんながみんな事業を立ち上げるような、大きなストレッチをする必要はありません。最初の一歩は、生活者として何を選ぶか、自分でしっかり考えることです。
自宅の電気はCO2を出さない自然エネルギーがいいとか、あるいは、コンポストを始めてみる、といったことです。生ごみは9割が水分なので、ごみ処理場でも燃えにくく、そのために助燃剤という油を輸入して燃やしています。もしも各家庭にコンポストがあれば、生ごみは出ません。僕の家はコンポストを始めて以来2年以上、1グラムも生ゴミを出してないんです。そのおかげでゴミ袋代がむちゃくちゃ節約になっています。
家計にも地球にも優しくて、自分自身も気持ちよく、罪悪感がない暮らしを実感すること。これは、社会課題に向き合う時にとても重要な一歩です。
あともう一つ、働く会社を考えることですね。社会を良くしたいと思う方々には、いま自分が関わっているビジネスがどんな社会貢献につながっているのか、と考えてみてほしいです。もしも違和感があったら、自分という貴重なリソースを大事にして、社会を良くすることにもっと配分してほしい。
リソースとしては、自分のお金も同じです。この企業は持続可能で評価されることをしているのか、と考えてみる。そういう判断ができる個人の集合体が社会の姿だと思うので、個人的な選択をきちんとすることこそ、社会課題を解決するためにはとても重要な行動だと思います。
編集後記
田口さんは、質問に対する答えも寛大でした。きっとこれまでご自身が体当たりして得たであろう学びを惜しみなく、どんどん教えてくれました。
ご著書の中で創業時の思いに触れ、「あの時の自分は何が欲しかっただろうか、どんな仕組みがあればあんなに苦しまなくてすんだのだろうか」と、かつて田口さん自身が悩んだことも紹介されています。それがこうして現在のボーダレス・ジャパンにおけるカンパニオへと繋がっているお話を聞き、敬意を抱かずにはいられませんでした。
社会貢献とは決して、自己を消耗させながら行うことではなく、自分が望む社会に必要なことを一つずつ選んでいくプロセス。そう気付かされたことで、とても気軽に、でも着実に、自分なりの次なる一歩を考えられそうです。まずは、自分が持ちうるリソースがどのように社会とつながっていてほしいか、考えてみることにしました。
取材・文:やなぎさわまどか
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部
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