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25万部突破『きみのお金は誰のため』筆者・田内学さんに聞く、お金との向き合い方

将来の希望を中学生に尋ねて、「年収が高い仕事がいい」と言われたら、どんな気持ちになりますか。経済力とは、子どもの夢や挑戦したいことよりも優先されることなのでしょうか。また中学生に限らず、私たちは人生におけるお金との向き合い方を、どれほど理解できているのでしょう。
 
2023年に出版された小説『きみのお金は誰のため ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』は、お金の捉え方を学ぶ中学2年生、佐久間優斗くんの物語です。主人公の気持ちを追体験しながら学べること、そして、教わったことのないお金の捉え方が話題となり、25万部を超えるベストセラーとして版を重ねています(2024年10月時点)。

金融トレーダーから作家へ転身された筆者・田内学さんが、本書で伝えたかった価値観はどんなことだったのか。お金というものが叶える可能性をどう捉えたらいいのか、田内さんにお訊きしました。


社会の幸せをつくるのは「お金」じゃない

-小説『きみのお金は誰のため』は、どんな問題意識から、そして誰に届けたくて書かれたのですか。

年金問題に始まり、老後の2千万円が話題になって以降、多くの人が「自分のお金を増やさないと大変なことになる」と考えているように思うんです。確かに老後の資金があることは大切ですが、それだけでは根本的な問題は解決しません。2千万円を貯めたのが自分だけなら解決します。しかし、みんながお金を貯めて使うようになると、その分お金の価値は下がってインフレになってしまいます。以前は2千万円必要と言われていた老後資金が、今では4千万円必要とも言われています。
 
他にも、「金利が上がれば、運用利回りが上がって状況が良くなる」という意見もありますが、それも一見そう感じるだけです。お金が空から降ってくることはないので、金利を上げたら、国債を出している政府や貸している企業が金利を払うことになります。その分、政府だったら税金を増やしたり、企業の場合は生活者に転嫁するか、従業員の給料を下げるかもしれない。つまり金利が上がったといってもお金の出所が変わるだけです。

根本にある問題は、将来働く世代の割合が減ってしまうこと。どれだけお金を貯めていても、人手不足であれば、例えば介護サービスを受けることはできません。価格が高騰している未来もありえます。お金自体が私たちの生活を支えているのではなく、お金というツールによってみんなで生活を支え合っています。こうした問題を解決するには、少子化対策になる社会づくりとか、少ない人数でも社会が回る仕組みづくりに投資するといった取り組みが必要なので、みんなで問題意識を共有することが欠かせないと思っていました。

GDPの指標や経済効果など、全てをお金で測る価値観はものごとを客観視できる一方で、僕たちの幸福感や充足感とは別物ですよね。例えばGDPを上げるために、子育てを全て外注したら効率よく働けるかもしれないけど、それが本当に幸せかと言われたら疑問を感じます。
 
年金の問題とかインフレとか円安とか、経済の話って複雑でよくわからなくて不安に感じている人は多いと思うんです。でもお金を中心に考えるのではなくて、人の支え合いを中心に考えると経済の本質はシンプルだし、僕らの直面している問題や不安の正体も見えてきます。前書『お金のむこうに人がいる』でも同じ問題意識を持っていましたが、より多くの方に手に取ってもらいたくて、裾野を広げる意味でも、今回は小説形式にしました。特に、次世代や横方向に共感を広げるために、子育てしている女性や、学校の先生、それから書店員さんにも読んでいただけると嬉しいです。

-登場人物のモデルになった人はいますか。

「優斗くん」は僕自身にいちばん近いですね。両親はお蕎麦屋さんをしていて、優斗くんと同じように、一階が店舗で二階が住居という環境で育ちました。優斗くんにお金のことを教える「ボス」は、いつもニコニコしながらより良い未来を考えている人物ですが、これは投資家の谷家衛さんをモデルにしています。高校の先輩でもあり、谷家さん自身も、日本社会が発展するために次世代支援などに携わっている人です。あと、アフリカ支援の活動をしている「堂本くん」は、実際に慈善活動をしている前職時代の後輩がモデルです。他の登場人物も、それぞれ少しずつ僕自身の一部を含んでいるところがあります。

-初めての小説だったと思います。どんな感想が寄せられていますか。

小説はやはり大きなチャレンジでした。生徒と先生のような関係で進む構想はあったものの、前書に比べたらかなりのエネルギーを掛けました。僕は、小説の書き方を佐渡島庸平さん(編集エージェンシー、株式会社コルク代表)に師事しているんですが、本作では、一旦書き終えて、担当編集者さんが良いと言ってくれた後に、佐渡島さんのアドバイスで再度書き直しました。具体的なあらすじや表現というよりも、読んだ人の共感性について、佐渡島さんが的確なアドバイスをしてくれたおかげで、伝え方を深めることができたと思います。
 
感想はさまざまですが、「自分にできることを考えた」という声は多いですね。あと「働くことの意識が変わった」という感想もたくさんいただきます。また専業主婦の方から、「働いてないことに引け目を感じていたけど、子育てすることが社会のためになっていると感じた」という感想をいただくこともあり、伝えたかったことが届いていると感じています。

お金の世界にいたからこそ感じた、社会の捉え方

-金融トレーダーから転身されたキャリアパスにも、社会におけるお金の問題意識があったのでしょうか。

前職を辞めた理由は複合的ですが、確かにお金に関する問題意識は大きな理由の一つです。若い頃は、「社会」というのは他人事のように思っていましたが、子どもを育てるようになると、彼らが暮らす未来の社会について、このままでいいのか、何かできることはないかと考えるようになりました。
 
長く同じ組織にいることに対しても変化を求めていましたし、新しいことにチャレンジするなら40歳が節目だと考えたこともあります。そのタイミングで佐渡島さんと知り合い、「考えていることを本にして、それが正しければ総理大臣にだって届く。それが本を書くということなんです」と言っていただいたことが大きなきっかけになりました。

-金融業界で働きながらも、お金に対する問題意識をお持ちだったんですね。

トレーダーだったからこそ「お金を増やすことは、全体にとっての目的にはなり得ない」と確信したんだと思います。例えば、1万円の株を2万円で売れば1万円儲かる。個人目線ではお金は増えていますけど、そのお金は株を高く買ってくれた人の財布からやってきただけ。全体のお金は増えていない。物を売るときも同じです。僕がTシャツを作って売ったとする。その価格が1万円でも2万円でも全体のお金の量は増えない。増えているのは、Tシャツであり、Tシャツを着て喜んでくれている人の幸せです。つまり、個人ではお金を増やすことは目的になりますが、全体では幸せを増やすことが目的になります。
 
お金だけを追求していると、値段を高くすることばかり考えますが、「これがあったら、自分たちが幸せになる」と思えるものを増やしていかないといけません。例えば1パック500円のイチゴを、高級化のブランド戦略によって1パック5000円で売ったら儲けることはできる。でも社会全体で見たとき、自分も生活者の立場になるわけで、みんなが売りたいものばかり作っていてもしかたない。生活者として本当に買うかどうか、しっかり考えることはとても重要です。

前職の上司に、おすすめの本を聞いたことがあるんです。まだ入社2年目くらいでしたので、勉強のためにどんな金融の知識が必要かと聞いたつもりが、勧められたのは稲盛和夫さんの『生き方』でした。
読んでみて最も興味を持ったのは、極楽と地獄の違いの話です。極楽も地獄も、見た目は同じだ、とある。どちらも同じように、中央の大きな釜でおいしそうなうどんが煮えているけど、お箸が一膳しかない。それも2メートル程の巨大な箸。地獄ではその箸を奪い合って争いが始まり、しかし箸を手にしたところで自分ひとりでは扱えず、誰もうどんを食べることができない。一方、極楽では箸を取った人が、向かいの人にうどんを取り分け、順番にみんなが分けあえるんだ、と。
 
環境のせいにするのではなくて、その中にいる人の感じ方や心の在りようで世界が変わるという教えに感銘を受けました。お金の動きも同じで、全体の総量が同じであれば、それをどう流すのか。大事なことは、どういう社会をつくるのかだと気付かされました。

生きやすくなるために、お金だけに執着しないこと

-お金との向き合い方は、社会参画する意識なんですね。

社会ってよくわからないと思うかもしれませんが、「自分たち」が社会なんです。社会というものが自己の反対側にあるのではなく、社会の一部として自己がある。社会はみんなの集合体ですから「社会が悪い」と言えば、本当の意味では自分たちが悪いということになります。
 
日本財団が行っている「18歳意識調査」では、日本を含めた世界6ヶ国の18歳に意見を聞いた結果、「自分の行動で国や社会を変えられると思うか」など、社会に関する質問で日本は最下位でした。これはおそらく、大人に聞いても同じ結果になるでしょう。日本では、社会というものが「与えられるもの」のような感覚が強い、という話も聞いたことがあります。
 
昔からあるルールだから守らなきゃいけないわけじゃなく、もう必要がなさそうなら「そんなルールは要らない」とか「変えるべき」といった声を上げることは、未来をよくするためにも大変重要なことです。

-Money  for Goodが考える、社会課題の解決に向けたお金の使い方としても、参考になります。

お金というのは、「協力者」を増やすための道具です。例えば、稲作中心の村では、魚が食べられない。だから漁村に行って魚を採ってもらうことをお願いした。そのときにお金という道具が使える。つまりお金を使うことで、協力しあう空間を広げて行ったのです。
 
現代を生きる僕たちは、キャリアや、将来やりたいことなど、いろいろ悩むと思います。悩んだ結果、とりあえずたくさん稼げる待遇のいい会社を目指そうと考えたりしてしまう。しかし、お金を稼ぐことだけを目標にした途端、協力者は現れず、孤独な戦いが始まります。
 
例えば、「お金儲けしたいんで、高級な寿司屋を始めます」と言っても、誰も協力したいと思わないし、食べに行こうと思わない。でも「この街には、新鮮でおいしい寿司屋がないから自分がつくる」という思いだったら、魚屋さんだって新鮮な魚を提供してくれるし、街の人も食べに来てくれる。社会という自分たちの幸せを考えた方が、自分自身も生きやすくなると思うんです。

これは、僕自身の実体験でもあります。数学がめちゃくちゃ得意だったので、複雑な金融商品を扱うトレーダーとして働くことができました。今は本を書いていますが、国語が得意だったかというと、実はそうではなくて、大学受験でも現代文は捨てて考えるしかなかったくらい苦手だったんです。
 
しかし佐渡島さんという協力者が現れて、作家になれた。そして、読んでくれた人たちが、内容に賛同して他の人にも勧めたいと思ってくれたから、25万部も売れている。これは、僕が本で伝えたいことがあり、その目的に賛同してくれる人たちがいたからです。ただお金だけを目的にしたら、自分の能力以外に頼ることができないから、仕事の選択肢もかなり狭まってしまいます。ところが、みんなのためになることだと協力者がたくさん現れるから、可能性が無限に広がります。お金は「ありがとう」の印みたいなものなのだから、みんなのためを考えた方がいいんですよね。
 
本の中に出てくる「堂本くん」は前職の後輩がモデルだと言いましたが、実際の彼は本当によく周りを見ています。ものすごく観察力があって、相手に必要なものは何か、どんなことを考えていそうか、身近な人たちをよく見たり、話しかけたり、一緒に考えています。その結果、彼自身がものすごく周りから愛されているんですよね。サポートもたくさん得ているし、自分の周りを観察した延長線上に、アフリカ支援という活動を見つけていました。

社会課題は決して遠い存在ではなく、自分たち社会のことですから、まずは身近なところを見直してみることが大事ではないでしょうか。身近な誰かの困りごとや、あったら良さそうなサポートを考えてみる。そうしているうちに、社会を自分事にできると思います。

取材・文:やなぎさわまどか
撮影:内海 裕之
企画・編集協力:ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD編集部

今回インタビューさせて頂いた田内学さんをお迎えし、Money for Good主催のイベントを2025年1月7日(火)に開催します。作家の岸田奈美さんとの特別対談になります。Money for Good読者にもファンがとても多いお二人のイベント、是非申し込んでくださいね!

イベント詳細

日時:2025年1月7日(火)18:30~19:45 (18:00開場)
場所:オンライン/オフライン同時開催
 オフライン会場:Olive LOUNGE渋谷店2階 SHARE LOUNGE内セミナー会場
定員:180名(オンライン150名/会場30名)
※会場を希望される方が30名を超えた場合は、抽選により参加者を決定いたします。
参加費:無料
申込サイト:m4gevent01.peatix.com/
応募受付期間:2024年11月29日(金)~12月23日(月)
※お申込みにあたっては申込サイトに記載されている注意事項等をよくお読みの上、お申込みください。

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